2021年1月31日日曜日

絶望する二時間

 最近のブログは1日ズレています。書きたいことを、翌日思い出すんですわ。

昨日、起こった話。


どうしても昨日元気が出なくて。

帰ってきてから、18:00~20:00ぐらいかなぁ。

布団を敷いて横になったんです。

風呂にも入らず。


眠たいんだけど、眠らず。

ちょっと眠りに入る。

そんな感じの二時間。

人はそれを絶望と呼ぶと思う。

とにかく何もできなかったんです。

幸い夕食を食べるぐらいの元気はあったから、20:00~行動開始できたんですけどね。


僕はその二時間、徹底的にメソメソしたんです。


世界で一番惨めな気持ちにもなったし。

希望も何も感じず。

最悪そのまま今日を迎えてもいいぐらい。

救いを求めずに。


いやはや、多分その時間が僕には必要だったんだと思う。

絶望する二時間が。

何にもなってないんだけどさ。

昨日よりはマシな僕がここにいるんです。


何事も中途半端はいけない。

それは絶望や悲しみも一緒なのかも知れない。

僕は多分世界で見たら、絶望するに足りない環境なんだろうけど。

関係ねぇじゃん。

今、この瞬間。

一番自分が絶望してれば。

僕が世界一不幸だよ。

他人に僕は決めさせたくないんだわ。


そして、今、この瞬間。

自分が幸せなら。

僕は世界一幸せなんだろう。


お金がなくても。

希望がなくても。

未来がなくても。

光がなくても。

僕が幸せなら幸せ。


それも他人に決めさせない。

2021年1月30日土曜日

それでも書く

 昨日は圧倒的にブログを書く気が起きませんでした。

ので、あんなブログに。

今日は昨日以上にキツかった。


もうブログ止めてもいいんですけどね。


いわゆるネタの無い時ってのは必ずあるのです。

しかし、そこで何かしら捻り出す。それが大事だと思っております。


歌詞を書くとする。

この言葉でもいいけど、もっと違う言葉がある気がする。

そこで必要なのが「粘り」。

見つかるまで粘る。

そうすれば必ず見つかる。


久石譲さんのお言葉で「気分のムラで作曲をしない」というのがある。

あの方は職業作家だから、気分のムラで作曲をしてたら納期に間に合わない。

気分がのっていなくても、のっていても、とにかく曲を書き続けるのだそうだ。

僕はその言葉に感銘を受け、こんなブログでも書き続けている部分があると思う。

僕も表現者の端くれでいたいから。


書きたいときに書く、では書かなくなる。

仕事にしていなかったり、利益が出てないならなおのこと書かなくなる。


だからブログを止めるまでは、毎日書こうと思っている。


今日も気分は落ちている。

それでもね。

偉いぞ、俺。

2021年1月29日金曜日

明日には分かるかな

 何かがあって元気が無いなら、話は分かる。

僕にとっては気圧だったり、天気だったりだ。


しかし、何か心当たりがないのに、元気がないと対処に困る。


複雑に絡み合っているからなのか。

大きすぎて感じられないのか。

強すぎて感覚が麻痺しているのか。

じわじわ侵されていっているのか。


それすら分からないからだ。

今日は分からなかった。

ジタバタする気も起きねぇ。

絶望するほどの落ち込みでもねぇ。

怒りで行動を起こすほどの苛立ちもねぇ。


なんなんだこれは。


明日には分かるかな。

2021年1月28日木曜日

お家散歩

 今日はビュッフェに行きました。

昨日の温泉もそうですが、ちっぴーの誕生日を細々祝っているのです。

あ、皆様からのメッセージやお祝いの品、少なからずいただいておりまして、ちっぴーも感謝しております。


去年はそこのお店がテイクアウト営業しかしていない時期もあったり、色んなことがありました。

緊急事態宣言が出ているとはいえ、こうしてまたお店でお食事ができるのは嬉しかったです。


たらふく食べたのでお食事終わりに散歩しようということになっていたのですが、ご存知の通り夕方に雪が降りました。

散歩行きたくないなぁと思ったので「お家散歩」を発明して、二人で歩いていた。というかほぼ足踏みだ(笑)


最初はふざけて、家にあるものを景色に見立てて

「あ、ほら時計があるよ」

なんて、やってたんですけどね。

そのうち、壁にかけてある色んな思い出の品とか見つけて。

専門学校時代の話とかに花が咲きました。

二人でゆっくり話すいい機会に。

面白い時間だったなぁ。


少しの工夫で遊べるもんだね。

2021年1月27日水曜日

媚びない温泉

 温泉に行きました。


今日行った温泉は山奥にありまして、本当にほぼ温泉があるだけの施設でした。

釜風呂やサウナは設置されていたけど、新型コロナの影響で使用できず。


今って色んな施設が充実してるじゃないですか。

やれ、香りの風呂だ。

やれ、ジェットバスだ。

休憩所にテレビがあったり、漫画が置いてあったり。


僕もそういうスーパー銭湯よく行くんですけど、そういう「楽しませよう」というものが一切無かったんです。

そこが昔から湯治に使われているような温泉だったのもあるんでしょう。

お湯に浸かる以外の要素が極力排除されていた。

それが本当に楽しくて。


身体や頭を洗うのに備え付けられているのは、合成洗剤ではなく石鹸のみだったり。

壁に書いてある注意書の文言がいちいち粋だったりして喜んでました。

(おっと、いきなりドボンはいけないねぇ ひとまず掛け湯をなさい…とか書いてある)

露天風呂に浸かっているときに、雨が降ってきた。

あえて逃げずに浸かり続ける。

湯船に落ちる雨粒が作る音を聴く。

7種類ほどある泉質の違う湯船を味わう。

子どもは退屈だと思うけど、とても大人の時間を過ごさせていただきました。

併設されている和食屋さんのお食事も美味しくて。加えてリーズナブルで。

想像の三倍以上感動して帰ってきた。


何でも足せば満たされる訳ではなくて。

省くことの美学。

しないことの美学。

求めてられていることを簡単に付け加えない美学。

勿論老舗なんでございますが。

至るところに、そういう意志を感じたのです。


楽譜や歌詞を見て、作者の力量を見せつけられるのと似ていました。

この温泉は、客に媚びていない。

かといって、あぐらもかいていない。

素敵でした。


また行きたいなぁ。

日帰りで行ける場所でこんな名所があるんだなぁ。

2021年1月26日火曜日

配信してみたみたい

 今日は帰ってから久しぶりにツイキャスで配信を。

なんと7分だけ。

チューリップの青春の影と、ゆずのスミレを。

昨日の練習がノッてましたので、歌いたくてですね。


ついついギターの練習ばかりすると、歌が疎かになります。

歌は、コロナ禍ですし、あまり大声で歌うことはしづらいからこそ。


今日はあまり人に聴いてもらう気持ちはなくて、ただただ歌いたいと思ったし。

事実、そうできたことが嬉しかったな。


日常の何もかも置いていく

聴いている人も置いていく

ただ、ついてこられる速度で。


そんな唄が創れたら

そんな唄が歌えたら

歓びの唄を


また歌うのが楽しいです

2021年1月25日月曜日

ライブしたみたい

 少し前から読み返していた音楽理論の本を読み終えました。

読み終えたのは、以前から持っていた本。最近買った本はまだ途中。

やっと新しい本に集中できます。

二つの本を同時進行で読むのは疲れるね。


読み終えてギターを弾いてたら、楽しくなってきて止まらなくなりました。

以前読み終えた時には分からなかった発見が沢山あります。

コードにテンションを入れるのが楽しくて仕方ない。


無心にギターを弾くって、実はあんまりしなくなりました。

どうしても作曲だったり、ステージに立つ準備だったり。

「目的」がそこには存在していました。


しかし、さっきまでは


こんな響き面白いなぁ

このコード進行のここがイカす

なるほどー、C のオーギュメントとE (♭13)は、ほぼ同じ音かー


そんなことを考えていました(笑)

そこにも「目的」はあるんだろうけど。

なんだろ、人に聴かせる意識が皆無だったのです。

ギター対俺、です。

その関係性がすごく愛しくてね。


最近イライラしたり、クヨクヨしたりすることが多かったんだけど。

無心にギターを弾くと解放された感じがして。

それがちょっとライブに近かったんですよ。

感情が高ぶって、ライブみたいだなって言うんじゃなくて。

演奏する以外のこと考えてない、夢中な感じがライブっぽかった。

俺、今日ライブしたんだって思った。


またギターを沢山弾きたいなぁ。

ライブして歌いたいなぁ。