一昨日、秋田犬でライブを観て、自分の中で何かが変わった。
だから、昨日の夜はギターを弾いて配信するつもりであった。
だが、寝落ちした。
すごい落ち込んだんだが、昨日とある事件があったのだ。
長くなるが書いてみたい。
うちの長男は、まだうんちをトイレでできない。
オムツでする。
おしっこはできるんだけどね、どうにも何かが苦手なようなのだ。
昨日は経堂の鉄道フェスタというところに遊びに行ったんだけど、遊びに行く前からうんちしたそう。
しかし、頑なに大丈夫だと言い張る。
帰り道もうんちをしたそうだが、足が痛いから抱っこしてと軽い嘘をつく笑
帰ってきてクタクタでお昼寝をする。
起きてYouTubeを観たいと言った時に事件が起きた。
息子が叫び、ちょっと何かが臭う。
ごまかしていたけど、ちょろっとパンツに茶色いものがついていた。少し漏らしたのだ。
本当の限界を迎えたらしい。
ブリブリとはいかないけど、もう本当にすぐそこまできている。
トイレに座ってもらった。
僕たちは、正直日ごろから、息子のうんち問題で悩んでいた。
保育園の先生にも相談したし、YouTube動画などでも色々調べていた。
息子はトイレでできない、オムツでするというマインドセットがされている。
あんまり「オムツでしないでトイレでやりなさい!」と強要すると、もっとトイレが嫌いになり、恐怖の場所になってしまう。
そうすると逆効果となり、どんどんゴールのトイレが遠くなる。
なので、最近は一度トイレに座って練習しよう、ダメならオムツでする…という流れに変えている。
しかし、結局うんちが自分のトラブルになることをわかっているから、うんちをなるべく出さないで我慢するようになってしまっている。
前述の鉄道フェスタの前後なんかまさにそう。
この状況が半年以上なんで、僕たちもどうするべきか、決められなかったんだろう。
しかし、長男は漏らすという粗相をした。
今まではしょうがないとオムツでやらせていたけど、遂に来るところまで来ちゃった訳だ笑
今日はお尻もうんちで汚れているから。
おトイレでしてもらおうと決めた。
「うんち出ちゃったから、今日はトイレでするよ」と伝えたが、本人は見逃してもらいたい。
泣きわめく、お腹が痛いと懇願する、できないと困っている。
本当に心が痛かった。
でも、パパは今日付き合うよって伝えて。
手を握って欲しいと言うので、握ったり、お腹マッサージしたりね。
しかし、出そうになるとやっぱりこらえてしまう。
出せばいいのに。
「怖い」と泣く息子の顔は本当に悲痛だった。
正直虐待レベルの時間、付き合った。
その間に負けないようにする息子、もう無理だと泣く息子を何回見ただろう。
ちっぴーが「さすがにそろそろ区切ったほうがいいんじゃない?」と声をかけてきた。
僕もさすがに可哀想になってきたし、これではトイレが本当に拷問の場所になってしまう。そうだよね…と頷く。
だが、今日これでオムツにいってしまったら、それこそ成功体験が無くなる。
この長い時間がすべて無駄になってしまうのはどうなのか。
僕は迷った。
トラウマになるかもしれない。
嫌われるかもしれない。
今後僕とのトイレは拒否されるかもしれない。
でも、出させたかった。
続ける決意をした。
それから二、三分で、本当に堪えられなくなり、少し出た。
出し切ることはしていないけど、僕は長男を抱きました。
そこから、ちっぴーと少し口論になる。
いくら何でもやりすぎなんじゃないかと。
しかし、僕は上記のことを話した。
自分のやったことは正しかったのだと信じたかった。
…今日朝起きる。
トイレに腰掛けた。
昨日長男が闘った場所だ。
この閉鎖的な空間に彼は、長時間僕と一緒にいたのか。
彼は本当に怖かったんじゃないか。
僕は自分のやったことが間違っていたんじゃないかと泣いた。
それをちっぴーに話した。
ちっぴーは、「でも手を握って側にいてって言ったのは彼でしょ?これからどう感じるかは分からないけど、したあともパパとお風呂入って楽しそうだったし、大丈夫なんじゃない?」って言ってくれた。
そうだな、どうあれ、自分が非情になると決めたんだ。
彼を全部否定してやらせた訳じゃない。
寄り添って、付き合ったんだから。
そして、どうなっても自分が選んだんだから。
その責任は負うべきなんだろうな。
そのあと、長男に昨日のうんちはどうだった?ってちっぴーが聞いてくれたらしい。
「できて楽しかった(多分嬉しかった)」と言ってくれたらしいです。
保育園の先生にも「トイレでうんちできたんだよ❗️」と話していたらしい笑
長々失礼しました。
子育てって、本当に悩みます。
辛いですね。愛していればいるほど。