2022年9月7日水曜日

神様よりも

 今日は、奇才なかにしれい君と呑んできました。

以前Twitterで、9/7誰か空いてませんか?と、さみしがりツイートをしたところ、呑みませんか?と声をかけてくれたのでした。

とても嬉しかったです。


なかにし君とは、オープンマイクで一緒になってちょこちょこ顔をあわせていて、シャイニーズの活動休止ライブにもベイビー・ドンブラコで出てもらったりしたんだ。

数少ないリモート呑みをした間柄だったりもするのだけど、実はそこまでガッツリ話したことなかったんだよね。

だから、どのように話が進むか、全く予想がつかなかった。


18:00ごろ新宿で合流して、居酒屋に入る。

なかにし君も同じ思いを持っていたようで、何から話せば良いのか心配していたが取り越し苦労であった。


いやぁ、あっという間でしたよ。

何を話したかは全く覚えていない。

酒のせいとかではなく、その時思い付いたことを話していたから。

それぞれの生い立ちや原体験の話をしたり、結婚出産、音楽、宗教、性、政治…

タブーとなりそうなことは大抵話せた。素晴らしいサシ呑みだったね。

なかにし君とは呑み仲間になりたい。


なかにし君のすごいところは、杓子定規で物事をとらえないところだ。

「普通」とされることに対して、みんながそうだと結論づけているからと首を縦に振らない。

僕と全く一緒である(笑)

どちらかというと僕よりも自分を持っている。

それがとても羨ましくて、話を投げ掛けてはうんうん聞いていた。


誰かと会って語らうというのは自分を解放する作業だ。


【神様よりも人間を信じたほうがいい】

【間違ってないよね、って生きてる姿に生きてるなって思います】


今日持ち帰りたい言葉である。


これからも沢山の人と会いたいなぁ。

もう寝たい(笑)。

帰りの電車にて。

2022年9月6日火曜日

波紋

 書いては消し

書いては消すような

明日には何も残らないような言葉ばかり。


過ぎては消え

過ぎては消えるような

昨日も同じような1日だったような。


僕は水辺に小石を投じたか。


小石を投じれば、波紋が水面にひろがる。


小石を投げ入れもせずに、波紋がひろがらないことを嘆いていないだろうか。


問うている時点で、その答えは知っておろう。


投げる前に持つのだ。

持つ前に石を探すのだ。


石を探す前に


投げることを決めるのだ。


そうしなければ水面に波紋など。

2022年9月5日月曜日

売れ筋をおさえている

 そういえば、エアコンが壊れました、我が家です。

多分一週間ぐらい前。


前の家で使っていた2013年製のものは捨てて、新居に残置物として置いてあった2016年製のエアコンをそのまま使っていたのです。

そのエアコンが壊れた…

文句も言えないのである。


僕は仕事に出掛けたりしますが、ちっぴーと息子は家の中。

大変でしょう。

最近ちょっと暑さが和らいだとはいえ、今日は暑いし明日も暑い。

困ったもんです。

扇風機とサーキュレーターフル稼働でしのいでいます。

新居はそこそこ風通りが良いのです。


修理にもお金がかかるし、昨今の半導体不足などの影響で部品も足りなかったりするんだって。

我々だけなら頑張れるけど、息子がいるもんでねぇ…

こうなったら下取りして2022年製の最新の型を買ってしまおうと思って、注文しました。

色々検討して、ジャパネットさんに。


もう一つ別に検討していたエアコンは「本日テレビで紹介されました!」とサイトで書いてあった。

しかし、僕たちは奮発して、それよりちょっといいエアコンを買ったんですね。

そしたら、今日ちっぴーから

「ねーねー!私たちが買ったエアコンも、テレビで今日紹介されてたよー」との知らせが。

目玉商品に敏感な我が家です(笑)。

というか、ジャパネットが売りたいものを売れているんだろうな。

踊らされているぜ。

そして、買ってから更に値下がらなくて良かったぜ。


明後日届きます。

2022年9月4日日曜日

身体が求める睡眠

 今日は1日部屋の片付けができた。

主な理由は、僕が1日ダラダラ寝なかったからである。


最近の土日は、寝ないとどうしようもないぐらいの睡魔に襲われていた。

今思えば完全にメンタルのせいなんだけど、身体が思うように動かないし、寝ても寝ても寝足りない。

そして、それに絶望していたのだ。

今日も1日何もできなかったなと。


今日も眠いは眠かったけど、身体の訴えに忠実なだけだったと思う。

三回ほど仮眠したけど、15~20分ぐらいかな。

パソコンの再起動ぐらいの感覚で、自分をリセットして動くことができた。


精神が求める睡眠ではなく、

身体が求める睡眠だけ摂れた。


僕はやっと今、健康なのかもしれない。

2022年9月3日土曜日

当日券で観る

 今日、ちっぴーが下北沢で 13:00 から観劇をした。

Lumeto第6回公演『誰がために』である。


勿論我が息子は劇場に入れないため、僕が子守りをして観劇をすることになった。

下北沢という街にはとんと行かなくなってしまったし、観劇が終わったら街をぶらつこうかと話しつつ。


17:00 の回もあったのだが、僕は観劇をしないつもりだった。

ここ最近かなり忙しかったし、そのあとメンタルをやられてしまったのもある。

ちっぴーが「久しぶりにお芝居を観たい」と言っても、どうしてもそれに同調することができなかった。観に行くことは許可しましたけどね。

ルメートの鈴木麻名実の芝居は、娯楽ではなく、人間の生きざまのようなものだ。

今の僕では観られないと思ったのを覚えている。


ただ、それはずっとひっかかっていた。

最近復調してきて、観られそうな気持ちにもなってきたのだ。

下北沢OFFOFFシアターで、14:30すぎにちっぴーと合流した。

16:30 ごろ遅めの昼食を摂り、気持ちが固まった。

「俺、やっぱり観てくるわ」と、当日券を購入して観てきましたよ(笑)


芝居というのは、創りあげるまでにすごく努力と愛が必要なのです。

現状、脱皮できないサナギのような僕がそれを観ないで帰ってどうするんだと。

負けたまま、情けないままの僕で終わりそうなのが恥ずかしかった。息吹を感じたいと思ったのだろう。


今回はダブルキャストかつダブル演出という珍しい公演で、ちっぴーとは違ったチームを観た。

役者 板倉愛実を観ることはできなかったけれど、作・演出 鈴木麻名実を観ることができて良かった。

ネタバレは避けたいので詳しくは書かないけど、おそらくあえてドラマチックな設定にせず、日常の中に潜む葛藤や苦しみを描いていた。

作家としても新しい闘いや試みをしていたのだと勝手ながら推察した。


会場を出たのは18:40すぎ。

お陰で下北沢を歩くことはほとんどできなかったけれど。

今日はとても良い日になった。


『誰がために』月曜日までやってます。

よろしければ。

2022年9月2日金曜日

じぶんのことば

 たまに自分の歌の歌詞にハッとさせられることがある。

書いたのはもう何年も前なのに、結局言っていることが今にも通用したり、変わっていなかったりする。


ネガティブな心にずっと蓋をしてきたんだ。

それでワカンナクなってた

本当の気持ち

叫べ!

【やりたくない】


溜め込んだ分キツい言葉は破壊力を増す

【けんか】


今日くらいは人を思い切り憎んでしまおう

そうすれば明日には笑顔になれるかもしれない

【聖人君子にあこがれて】


自分に適した頑張り方

分からないまんまだけど

【てくてく】


最近苦しんでみつけた言葉を、もう書いてたりするんだよね。

生きてるなぁ。


僕は文学としての歌詞が大好きだ。


歌詞に意味なんていらないという人も沢山いるだろう。

僕もクロマニヨンズのようなナンセンスな歌詞が大好きだし、奥田民生やスピッツのような抽象的でとらえどころのない歌詞も好きだ。

ただ、それ以上にマイルドな文学としての歌詞にしびれてしまう。


僕が大学でうまくいかなくなった時、ブルーハーツや、槇原敬之、ゆずに慰めてもらった。

多分、本でも、恋愛でも、スポーツでも、宗教でも、なんでもよくて。

僕にとっては文学としての歌詞が、その時側にいてくれたのだ。


どうにもならない気持ちを形にして、どうにかやってきた。

そうやって僕も歌詞を紡いできたつもりだ。

そして、今でも恥ずかしくない。


埃をかぶってしまっていた誇り。

読み返す、蘇る。


書けてよかった。

駆けて、懸けてよかった。


そんな言葉をこれからも見つけたいものだ。

2022年9月1日木曜日

50出す前に100

 今日の朝まで、昨日のブログの閲覧数が2でした。

野村です。

俺、なにかしたかと不安になりました(笑)、こんなに少ないのも珍しいぞと。

最近は徐々に閲覧していただき、じんわりじんわり読まれている印象があるのですが、ピタッと止まってた。

怖い怖い。


最近の僕のブログが病みがちで、連絡をくれる友達が何人かいました。

申し訳ない、そしてありがとう。

もう少し読むに耐える内容でありたいわなぁ。


今日の朝もちっぴーと喧嘩をした。

(重ねて、僕が抑うつ状態だと喧嘩ができないので、健康的な営みだと思っていただきたい)


僕は自分を圧し殺して言いたいことを言えないのは嫌だったので、意見を曲げずに伝えさせてもらった。

ちっぴーも曲がらなかったので、珍しく何とも不完全燃焼な結果となった。

最終的には仲直りしたけど。


今考えるに、相手に100渡そうとしてただろうなと思いましたよ。

意見と言うのは、50受けて、50渡すぐらいの丁寧さがないと、相手にも伝わらないのではと思いましたね。


ただ、今は遠慮して0にならないように、100出す訓練をしているように思えました。

僕もちっぴーも。


言いたいことを言って、言いたいことを言われるので、最終的には非常に心が軽くなる。

まず、やりすぎなぐらいやりなさい。

これは演劇の基本だった。


平和に伝えるにはもう少し訓練が必要だが。

これはこれ。