たまに自分の歌の歌詞にハッとさせられることがある。
書いたのはもう何年も前なのに、結局言っていることが今にも通用したり、変わっていなかったりする。
ネガティブな心にずっと蓋をしてきたんだ。
それでワカンナクなってた
本当の気持ち
叫べ!
【やりたくない】
溜め込んだ分キツい言葉は破壊力を増す
【けんか】
今日くらいは人を思い切り憎んでしまおう
そうすれば明日には笑顔になれるかもしれない
【聖人君子にあこがれて】
自分に適した頑張り方
分からないまんまだけど
【てくてく】
最近苦しんでみつけた言葉を、もう書いてたりするんだよね。
生きてるなぁ。
僕は文学としての歌詞が大好きだ。
歌詞に意味なんていらないという人も沢山いるだろう。
僕もクロマニヨンズのようなナンセンスな歌詞が大好きだし、奥田民生やスピッツのような抽象的でとらえどころのない歌詞も好きだ。
ただ、それ以上にマイルドな文学としての歌詞にしびれてしまう。
僕が大学でうまくいかなくなった時、ブルーハーツや、槇原敬之、ゆずに慰めてもらった。
多分、本でも、恋愛でも、スポーツでも、宗教でも、なんでもよくて。
僕にとっては文学としての歌詞が、その時側にいてくれたのだ。
どうにもならない気持ちを形にして、どうにかやってきた。
そうやって僕も歌詞を紡いできたつもりだ。
そして、今でも恥ずかしくない。
埃をかぶってしまっていた誇り。
読み返す、蘇る。
書けてよかった。
駆けて、懸けてよかった。
そんな言葉をこれからも見つけたいものだ。
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