今日は2/22のツーマンライブのお相手、ひねくれポップファンクラブ通信(湯浅秀栄とそして、修一郎)とスタジオに入ってきた。とても良い感じになってきているので、ご来場くださるかたは楽しみにしていてくれ。
来るか決めてない人は早めに決めるといい(笑)。
今回、お互いの曲をセッションすることになっている。
お二人は我々の曲を彩りよくしてくれている。
のだが、
相手方の曲に自分たちが入るときが、まぁ、大変だ。
端的に言うと下手なのである。
そして、引き出しがない(笑)
二人は気の効いたフレーズ、こうした方がいいかな、といってすぐに弾いてみせるのだが、シャイニーズは少し固まってしまう(笑)
あー、もっとスムーズにリテイクに応えられたらいいのに、と何回も思った。
だが、これがいいのだ。
湯浅さんは「課題を尖らせる」といった表現を使ったが、痛烈に至らないことを自覚すると、もう御免だから努力する。
2/22までにはブラッシュアップして、良いライブにしてやるぞ。
おー。
槇原敬之が覚醒剤で逮捕された夜に思う。
昨日ブログに書いたのは何かの知らせだったのかなぁ💦
2020年2月13日木曜日
2020年2月12日水曜日
日々のこと
最近は表現するとは何か、ということばかりを考えがちである。
ブログでもそんなことばかりを書いている。
そんな自分を少し芸術家っぽいなぁと思う節もあるが、少し盲目になってやしないかと見張る。
頭が自分の生身の速度を追い越して欲張りになる。
脳が先走るとでも言おうか。
そして、そんな時は偉そうなことを言いながら日々のことをおろそかにしていたりするものだ。
僕の好きな槇原敬之さんが、覚醒剤で逮捕されたとき
「僕は歌っていることで認められる思っていたけど、歌っていないときでも充分人間なんだと感じられて嬉しかった」
といった類いのことを言っていた。
表現者である前に、人間らしくあれ。
ということなのかもしれない。
少し、立派でいなければいけないという強迫観念のようなものがあるのかもしれないね。
ちなみに今日はチャーハンを作った。
自分でも「うめー」と言ってしまうくらい上手くできた。
練習でメトロノームに合わせて遊んだりもした。
基礎練習というのは、余計なことを考えないから素晴らしい。
こういうことが沢山できたらいいな。
ブログでもそんなことばかりを書いている。
そんな自分を少し芸術家っぽいなぁと思う節もあるが、少し盲目になってやしないかと見張る。
頭が自分の生身の速度を追い越して欲張りになる。
脳が先走るとでも言おうか。
そして、そんな時は偉そうなことを言いながら日々のことをおろそかにしていたりするものだ。
僕の好きな槇原敬之さんが、覚醒剤で逮捕されたとき
「僕は歌っていることで認められる思っていたけど、歌っていないときでも充分人間なんだと感じられて嬉しかった」
といった類いのことを言っていた。
表現者である前に、人間らしくあれ。
ということなのかもしれない。
少し、立派でいなければいけないという強迫観念のようなものがあるのかもしれないね。
ちなみに今日はチャーハンを作った。
自分でも「うめー」と言ってしまうくらい上手くできた。
練習でメトロノームに合わせて遊んだりもした。
基礎練習というのは、余計なことを考えないから素晴らしい。
こういうことが沢山できたらいいな。
2020年2月11日火曜日
アマチュア魂
今日は茨城県は水戸で、朗読劇を観てきました。
以前ブログにも書いたと思うけど、専門学校時代の同期がまたステージに立つことを決めた。
その子の発表公演であった。
発表会、と書くと如何にも「アマチュア」のにおいがしてくる。
僕はこの表現があまり好きではないのかもしれない。
発表公演、という名前で良かったと思う。
プロやアマといった境目は多分どこかにあるのだけど、それはあまり意味を持たないなぁと実感している。
行く途中で音楽のコンピレーションアルバムを聴いたりしていたが、何も心が動かないプロも、さすがだと唸るプロもいる。
プロが素晴らしいとも限らない。
そして、アマが劣っているとも限らない。
例えば、子どものお遊戯会を観て、芸としては何も完成されていないのに泣けてくることもある。
結局は心意気が美しいかどうかにかかっている気がする。
演出の壌さんの芝居には心を打たれた。
そして、出演している方たちはアマチュアであったが全員が美しかった。
アマチュアの自覚がある方たちは、自分に何もないと思っているのかもしれない。
だから、懸命に演技をする。
それが美しい。
余計なものが無い。
勿論至らない、というか至れない人達もいたけれど、決して諦めず、不器用ながらも懸命に演技をされてたと思う。
僕はその姿勢を観れただけで感動した。
僕の同期も、素晴らしい演技の場面、少し行き着けなかった場面もあったように思う。
だが、それが実は当たり前だし、次のステップになると思う。
どうやら本人は最後の場面で悔いがあったようだが、そんなことはどうでもいいのだ。
僕は賭けている人の表現が好きだよ。
よくやったね、と今度あったときに話したい。
アマチュアであることに卑屈にならず。
プロフェッショナルであることにおごることなかれ。
とても中途半端な自分に思う。
どうあるか。
それだけなのだから。
以前ブログにも書いたと思うけど、専門学校時代の同期がまたステージに立つことを決めた。
その子の発表公演であった。
発表会、と書くと如何にも「アマチュア」のにおいがしてくる。
僕はこの表現があまり好きではないのかもしれない。
発表公演、という名前で良かったと思う。
プロやアマといった境目は多分どこかにあるのだけど、それはあまり意味を持たないなぁと実感している。
行く途中で音楽のコンピレーションアルバムを聴いたりしていたが、何も心が動かないプロも、さすがだと唸るプロもいる。
プロが素晴らしいとも限らない。
そして、アマが劣っているとも限らない。
例えば、子どものお遊戯会を観て、芸としては何も完成されていないのに泣けてくることもある。
結局は心意気が美しいかどうかにかかっている気がする。
演出の壌さんの芝居には心を打たれた。
そして、出演している方たちはアマチュアであったが全員が美しかった。
アマチュアの自覚がある方たちは、自分に何もないと思っているのかもしれない。
だから、懸命に演技をする。
それが美しい。
余計なものが無い。
勿論至らない、というか至れない人達もいたけれど、決して諦めず、不器用ながらも懸命に演技をされてたと思う。
僕はその姿勢を観れただけで感動した。
僕の同期も、素晴らしい演技の場面、少し行き着けなかった場面もあったように思う。
だが、それが実は当たり前だし、次のステップになると思う。
どうやら本人は最後の場面で悔いがあったようだが、そんなことはどうでもいいのだ。
僕は賭けている人の表現が好きだよ。
よくやったね、と今度あったときに話したい。
アマチュアであることに卑屈にならず。
プロフェッショナルであることにおごることなかれ。
とても中途半端な自分に思う。
どうあるか。
それだけなのだから。
2020年2月10日月曜日
周りの速度
今日、深イイ話を観ました。
家族が好きすぎる女性にスポットを当てるという企画だったのですけど。
その中に弾き語りトラックメイカーの眉村ちあきさんが出演されていました。
実は僕は眉村ちあきさんを「下北沢ろくでもない夜」で、生で観たことがあります。
仲間のバンドがライブをするということで、観に行ったときに、多分トリを務めていたのだ。
その時は面白い曲を創る人だなぁくらいにしか思わなかった。
しかし、もうお客さんがしっかり付いていて、この子はもしかしたらと思っていた。
そのあと。
去年の1月にラジオに眉村さんが 出演していた。
最初は「あれ?何処かで聴いたことあるな?」ぐらいだった。
最初は気づかなかったけど、話や曲を聴いているうちに多分あの子だ、と思い、検索をかけた。
当たっていた(笑)
「うわ、あのよく夜に出てた子だ❗」と。
売れたんだなー。
そしてラジオに出ていて僕が、一回観ただけの人間が、思い出せたということは、やはり心に引っ掛かる力があったんだろうね。
すげぇな。
そしてメジャーデビューをして、今回深イイに取り上げられるとは。
何ともすごいスピードだ。
事務所がトイズファクトリーとはいえ、すごい。
僕の周りには、そこまで手の届かないところに行ってしまった人はいなかったから。
素直におめでとうと思う。
だが逆に僕の仲間が今、急に売れてしまって、何処かへ行ってしまったとしたら、素直に喜べるだろうか。
僕と何が違うのだろうと、無いものを探しはじめてしまうかもしれない。
そして、こういった感情を自覚するということは。
競争意識があるのだと思う。良し悪しは別としてだ。
余計なものが沢山まとわりついてくる。
どれだけ音楽だけを、作品だけを創ることができるんだろうか。
周りの速度に惑わされぬよう。
2020年2月9日日曜日
骨のあるヤツだ
ついこの前、ちっぴーと回転寿司に行った。
我々は7割くらい好きなネタが似ている。
ねぎまぐろだったり、えんがわだったり、寒ブリだったり。
そしてその日は二人とも真鯛を食べた。
先に僕が食べて、美味しいから食べなよ、と言う。
ちっぴーも取った。
ちっぴーが口に運ぶと何やら変な顔をした。
どうしたのかと思ったら、真鯛の切り身に骨が残っていたのだ。
しかも二貫とも(笑)
大手回転寿司で、切り身に骨が残っているなんてなかなかレアではなかろうか。
イワシとかならいざ知らず。
鯛である。
何とも珍しいこともあるもんだなぁと思った。
まぁ、魚だから骨くらいあるわな、と大事にはしないで帰ったのだ。
その日のブログに書くほどでもなかったのだけど。
何故今日になってそれを書いたのかと言うと、今日はドリアを作った。使用したのは鶏肉である。
出来上がり、食べていたら。
ちっぴーが変な顔をした。
どうしたのかと思ったら、鶏肉に骨が残っていたのだ。
言うまでもないが、僕には骨は無かった。
こいつ、骨のある女だな、と思った。
我々は7割くらい好きなネタが似ている。
ねぎまぐろだったり、えんがわだったり、寒ブリだったり。
そしてその日は二人とも真鯛を食べた。
先に僕が食べて、美味しいから食べなよ、と言う。
ちっぴーも取った。
ちっぴーが口に運ぶと何やら変な顔をした。
どうしたのかと思ったら、真鯛の切り身に骨が残っていたのだ。
しかも二貫とも(笑)
大手回転寿司で、切り身に骨が残っているなんてなかなかレアではなかろうか。
イワシとかならいざ知らず。
鯛である。
何とも珍しいこともあるもんだなぁと思った。
まぁ、魚だから骨くらいあるわな、と大事にはしないで帰ったのだ。
その日のブログに書くほどでもなかったのだけど。
何故今日になってそれを書いたのかと言うと、今日はドリアを作った。使用したのは鶏肉である。
出来上がり、食べていたら。
ちっぴーが変な顔をした。
どうしたのかと思ったら、鶏肉に骨が残っていたのだ。
言うまでもないが、僕には骨は無かった。
こいつ、骨のある女だな、と思った。
2020年2月8日土曜日
何足のわらじ
何足もわらじを履いているような時はありませんでしょうか。
僕たちシャイニーズは現在、仕事をしながら、レコーディングをしながら、ライブの準備も進めております。
なかなか大変だなぁと思っているけれど、それは僕たちに限ったことではないと思うんですね。
例えば子育てをしながら、パートしてるお母さんもいるだろうし。
勉強しながら部活をする生徒もいるだろうし。
これだけ大変な思いをしているんだからさ、とは言いたいが。
それはみんな一緒な気がします。
悔しいぜ。
昨日あんまり寝てないんだ、みたいな自慢したいわ。
そして、何足もわらじを履いているとき。
あれもこれもやらなきゃいけなくて、結局どれにも集中できないということはありませんでしょうか。
最近の僕はそうでした。
どれもこれも中途半端なのがチラつくんですよね…
そんな時に思い出すのが、昔、ガッツ石松さんが喧嘩の極意を語ってらした時の言葉。
大人数で囲まれて、1対多数になったときには、とりあえず狭い路地に逃げ込むらしいです。
そうすると、狭い路地では強制的に一対一になる。
そうして、一人づつ片付けていく。
一対一なら負けないから。
との内容だった。
これって悩み事とか、掃除とか、何でも当てはまる気がするんですよね。
とにかく一つ一つやって終わらせればいいんだと。
僕は一昨日、湯浅さんやオバタケンと大体の打ち合わせが終わって、非常に落ち着きました。
Twitterで情報を出せたのもスッキリしたし。
だから、今日はライブの練習がたっぷりできたのだ。
レコーディングという喧嘩を一つ終わらせたの。
嬉しいぜ、という話です。
僕たちシャイニーズは現在、仕事をしながら、レコーディングをしながら、ライブの準備も進めております。
なかなか大変だなぁと思っているけれど、それは僕たちに限ったことではないと思うんですね。
例えば子育てをしながら、パートしてるお母さんもいるだろうし。
勉強しながら部活をする生徒もいるだろうし。
これだけ大変な思いをしているんだからさ、とは言いたいが。
それはみんな一緒な気がします。
悔しいぜ。
昨日あんまり寝てないんだ、みたいな自慢したいわ。
そして、何足もわらじを履いているとき。
あれもこれもやらなきゃいけなくて、結局どれにも集中できないということはありませんでしょうか。
最近の僕はそうでした。
どれもこれも中途半端なのがチラつくんですよね…
そんな時に思い出すのが、昔、ガッツ石松さんが喧嘩の極意を語ってらした時の言葉。
大人数で囲まれて、1対多数になったときには、とりあえず狭い路地に逃げ込むらしいです。
そうすると、狭い路地では強制的に一対一になる。
そうして、一人づつ片付けていく。
一対一なら負けないから。
との内容だった。
これって悩み事とか、掃除とか、何でも当てはまる気がするんですよね。
とにかく一つ一つやって終わらせればいいんだと。
僕は一昨日、湯浅さんやオバタケンと大体の打ち合わせが終わって、非常に落ち着きました。
Twitterで情報を出せたのもスッキリしたし。
だから、今日はライブの練習がたっぷりできたのだ。
レコーディングという喧嘩を一つ終わらせたの。
嬉しいぜ、という話です。
2020年2月7日金曜日
役に立たない
Twitter、ブログにて、現在レコーディング中の音源についてお話しました。
僕たちにもまだまだ全容が見えないというか。
とにかくがむしゃらに録っているだけですけど。
良い作品になるといいな。
いつかのブログで過去に録音したディスコグラフィーのブログを書いた。
正直、CDはなかなか売れなくなっているのかもしれない。
最初に創ったCDの時より、明らかにCDは売れなくなっている。
音楽を届ける方法が多様化しているから当たり前な気もする。
とある友人から「配信なら聴けるんですけど」と言われたこともある。
テレビの無い家も今はあるのだから、CDプレイヤーやパソコンの無い家もそりゃあるわな。
アメリカなどでは、軒並みCDショップがつぶれていて、サブスクに移行しているとも聞く。
しかし、とある街で、大型のCDショップが潰れたそうだ。
現代はネットもある。
そのショップでディスクを買い、音楽を聴いていた人たちが、そのままネットに流れたかと言えばそうではないらしい。
ほとんどの人は
「音楽を聴かなくなった」そうだ。
おそらくどこかから流れてくる音楽で満足してしまうのだろう。
勿論一部のコアな人はネットで新譜も取り寄せるのかもしれないが。
多分タワレコのコピーだったと思う。
「音楽は役に立たない だから素晴らしい 役に立たないものが存在できない世の中は恐ろしい」
といったコピーがあった。
細かいところは間違っているかもしれないけど。
すごい音楽への愛を感じた。
確か、ロックミュージシャンの誰かの言葉なんだよね。
今のご時世なのに、僕たちはCDを創る。
もしかしたら配信との二刀流かもしれないけど、ディスクが先になってしまう。
多分CD文化を愛しているのかもしれない。
一昔前なら、絶対レコードリリースする、とか言うのかも。
今はそれが伸びているようだが。
一枚通して聴いた時の喜びや感動があるといい。
それがアルバムと言われる由縁だ。
僕たちは役に立たないことを一生懸命やるのである。
僕たちにもまだまだ全容が見えないというか。
とにかくがむしゃらに録っているだけですけど。
良い作品になるといいな。
いつかのブログで過去に録音したディスコグラフィーのブログを書いた。
正直、CDはなかなか売れなくなっているのかもしれない。
最初に創ったCDの時より、明らかにCDは売れなくなっている。
音楽を届ける方法が多様化しているから当たり前な気もする。
とある友人から「配信なら聴けるんですけど」と言われたこともある。
テレビの無い家も今はあるのだから、CDプレイヤーやパソコンの無い家もそりゃあるわな。
アメリカなどでは、軒並みCDショップがつぶれていて、サブスクに移行しているとも聞く。
しかし、とある街で、大型のCDショップが潰れたそうだ。
現代はネットもある。
そのショップでディスクを買い、音楽を聴いていた人たちが、そのままネットに流れたかと言えばそうではないらしい。
ほとんどの人は
「音楽を聴かなくなった」そうだ。
おそらくどこかから流れてくる音楽で満足してしまうのだろう。
勿論一部のコアな人はネットで新譜も取り寄せるのかもしれないが。
多分タワレコのコピーだったと思う。
「音楽は役に立たない だから素晴らしい 役に立たないものが存在できない世の中は恐ろしい」
といったコピーがあった。
細かいところは間違っているかもしれないけど。
すごい音楽への愛を感じた。
確か、ロックミュージシャンの誰かの言葉なんだよね。
今のご時世なのに、僕たちはCDを創る。
もしかしたら配信との二刀流かもしれないけど、ディスクが先になってしまう。
多分CD文化を愛しているのかもしれない。
一昔前なら、絶対レコードリリースする、とか言うのかも。
今はそれが伸びているようだが。
一枚通して聴いた時の喜びや感動があるといい。
それがアルバムと言われる由縁だ。
僕たちは役に立たないことを一生懸命やるのである。
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