2025年5月21日水曜日

久しぶりにゆず

ニュースをリポストしたのですが、ちょっとだけ。

僕は高校生や大学から、ゆずのファンでした。

でした、というのが申し訳ないんですけど(笑)

今は追いかけていないもんですから。

ただ、お芝居の流れで弾いたこともないギターを持ったのが20歳のころ。その時に無心でゆずのコピーをして、今に至る。

僕のプレイヤーとしての音楽人生のはじめの一歩は明らかにゆずなのである。

その頃ゆずは路上ライブを卒業していたので、世の中の弾き語りブームとは全く関係なかったんだけどね(笑)


で、大学で部室に引きこもるようになって、ブルーハーツとゆずと槇原敬之を狂ったように聴きまくっていた。

その中にゆずのサードアルバムの「トビラ」があった。

トビラは異色作、もっと言えば問題作とでも言える作品だ。その頃のゆずは混沌としていて、収録の北川悠仁作品の黒さは特にすごい(笑)

シングル曲とかでなんとかバランスをとっているものの、とにかく病んでいるのだ。

トビラのリリース後にファンになったので、リアルタイムの感情は知りえないけど、大変だったんだろう。

そして、その黒さが引きこもり始めた僕には新鮮だったんだ。

太宰治とかに出会っていれば話は別だったんだが、文学も知らず、日本のオリコン上位しか知らない20歳の僕の近くには、そこまでさらけだして表現する人はいなかったから。


ゆずが30周年を前に、その「トビラ」ツアーのリバイバル公演を行うというニュースを見た。

有明スリーデイズ。

よりによってトビラ?といった感じだ。

昔ながらのゆずっこはお祭り騒ぎだろう。

往年のファンを喜ばせるために、フォーク時代のゆずをやるなら、「ゆず一家」や「ゆずえん」といった【ゆずっぽい】アルバムのリバイバル公演のほうがいい。

よほどあのときの自分達ともう一度向き合って、30周年に向かいたいんだなって思った。

「今の時代にトビラやっちゃうよ?」というゆずサイドの思惑通りなら、まんまと踊らされてしまっているが(笑)


結局ワクワクしちゃうんだからな。

僕にもゆずの遺伝子は残ってるんだなぁ。

生ぬるい期待

 生ぬるい期待。

その表現がしっくりきた。


流しの前後で配信はお休み。

多分3日ぶりとかだったと思うんです。

その間に、色んな人から「お疲れ様」「頑張ったね」と声をかけてもらってたんで、今日配信したら、誰かは来てくれて、お話できるかなぁって思ってました。


そしたら、23分誰も来ませんでした(笑)

マジで誰も。一二秒で去っていく人すらいない。

久しぶりだったので、ビビりました。


うーん、そこで思ったんですよね。

生ぬるい期待をしていたなと。


流しお疲れ様❗みたいな配信を期待しちゃってたんですよね。

それはそれでいいんかもしれんけど、あてにしてたんだわ。


途中から切り替えなきゃいけないと即興をやったり、作りかけの新曲やったりしてました。

最後には聴いてくださる方も現れて、助かりました。


いかん、いかんぞ。

聴いてもらえないのが当たり前。

満足してもらえないかもしれない。

だから、思いを馳せたい訳じゃないか。

これでいいのかと。


明日は凛と立てますように。

2025年5月19日月曜日

飲み友達を作りたい

 飲み友達を作りたい。

そう思いましたねぇ。


久しぶりにこのブログの名前に触れますが、「隠し事ができない」ってブログなんですよ、一応。

何でもかんでも書くようなイメージがあるかもしれないんですけど、そんな訳はない。

情報解禁前のことは書けないし、打ち明け話の内容なんぞも書くわけもない。

勿論、もっと口汚い気持ちだってある。


鴻上さんの本に「ネットは君の発言を公にする」という一節があった。

独白のようなものでも、ネットに上げたら全世界に発信される。

社会的にほぼ影響の無い僕のこのブログでも同様である。


例えば昨日の流しで色々ありました。

ちっぴーにはちょっと話したんだけど、どうしてもそれが消化されないまま1日を過ごしている。

その気持ちをここに綴ってもいいのだが、内容的に書けないことだってある。


だから、オフラインっていうんですかね。

ネットで誰かに発信するのではなくて、酒場で気の置けない仲間数人にダラダラしゃべって、明日には忘れてしまうような。

そんな消化ができたら楽しいなぁって思ったよ。


今度誰か飲もうよ。

酒でも、珈琲でもいいんだ。


そんな気持ちを抱えて、うちまくんの配信。

今日はどうしても聴きたかったのだ。

寒桜という新曲が大好きなのだが、その曲でエールをもらった。

ありがたいなぁ。

酒はないけどありがとう。

2025年5月18日日曜日

生意気にも

 今日は流しの研修四日目でして。

冗談じゃなく深夜 3:30 近くまでコード譜を作ってました。

間に合わない…胃がキリキリします。

もっと聴きたいし、弾きたいけど、時間は待ってくれませんよ。

ふぃー。


遅くまで寝かせてもらい、睡眠を確保。

実は今日はちっぴーも息子もお休みだったので、近所のバラ園に遊びに行ってきました。

日差しは無いのに暑いねぇー💦

正直1日練習したかったですけどね…(笑)

こういうことを置いて流しをしてもダメだよなって思います。

シューアイス食べたり、ジャズギタリストの方の演奏に聴き入ったり、バラの香りに酔いしれたり。

外はいい。自然はいい。


あとは仮眠して、ずっと練習させてもらいました。


流しは、研修四日目。

お相手は芽亜利さん。

メジャーデビューされたり、作曲家としても活動されている方です。

コードが間違っても、キーが合ってれば大丈夫。

楽しそうに弾けばそれでいいです、という言葉に救われました。


塩対応も沢山ありました。

しかし、とある「乾杯」をリクエストしてくれた方が誕生日だったらしく、となりの初対面の席の人とも握手を交わしたりしてました。

偶然居合わせただけの関係でそんなことが起こるなんてね。素敵でした。

流れでハッピーバースデーも歌いました。

大合唱でした(笑)


準備して、そこまでの致命的なミスは無くなったように思いますが、それはそれでこなしているだけの感覚を得る。

うーむ、ここからさらにお酒のお供になるいい空間を提供できるようにならねばいけないなぁと。

今日は悔しさよりも、もっと先のことを目指したいという感覚を覚えた。

多分それは「とりあえず乗り切れた」感覚があったからかな。「弾けてるだけ」なんだ。

勿論そこにまで至れたことには胸を張りたい。


この程度の流しでは終われないよなと。

新人ながら、生意気にもそう思ったのです。

2025年5月17日土曜日

僕も人間

今日はお休みをとって、保育園の保護者懇談会に行きました。

毎年はちっぴーが行ってくれてたんだけど、今年は僕がお休みをとって、ちっぴーが仕事でした。


内容としては、今年の◯組さんはこういうことをできるようにしていきますよっていうような方針の説明であるとか。

今までこうだったことが、こういう風なシステムに変わりましたっていうようなお話が中心ですね。

ただ、その合間に、普段は送り迎えの時に慌ただしくてお話できない他の親御さんたちと雑談を。

それが楽しかったりします。


あと今年はコロナ以降できていなかった、給食の試食会なんてのもありました。

息子は毎日こんなのを食べてるんだなーってシェアして食べましたよ。


ただ、僕はお昼過ぎから急に疲れてしまって。

最近の喉の不調もあり、ごまかしていた疲労感も出てきてしまったらしく、なかなか上手く前向きに動けませんでした。


息子がいるなか、流しのコード譜の支度をしていると息子が「パズルやろー」って持ってきた。

正直邪魔だったんだ。

息子のパズルやろーっていうのは、パパがパズルを完成させてって意味なんですね。

まだそこまでの知能が無いもんで。

途中でバラバラにされて全然やろうとしない息子に「パパ、お仕事の準備したいんだよー💢」ってプリプリしてしまって。


後で謝りましたけどね。

余裕ないんだなって思って。

パパ、寝かせてもらってもいい?ってお願いして、テレビ観ている間に寝かせてもらいました。

本人は絶好のチャンスに喜んでいたよ(笑)


逆に息子は、僕が起きたときにゴホゴホって咳き込んだら

「大丈夫、お茶飲む?」って聴いてくれたんだよね。


どっちが子供だかわからないねぇ。

僕も人間だ。

いつも優しくはなれないね。

2025年5月16日金曜日

こんだけやってるんだから

 まだまだやれていないけど、最近先輩流しのレパートリーを練習している。今度お相手の芽亜利さんは昭和歌謡やシティポップなどを得意としているのだが、本当にそれぞれ十八番が違って面白い。

自分だけでは出会えなかった名曲に沢山出会うのだ。


綾乃さんだったら、

ハナレグミの「家族の風景」

お文さんだったら、

original love の「接吻」などだ。


飛びきり極上の名曲に出会うとワクワクしちゃう。

有線とかで出会う時の感動ってこんな感じだったんだろうなと思う。

芽亜利さんのレパートリーだと、小柳ルミ子さんの「お久しぶりね」、松原ミキさんの「真夜中のドア~stay with me」、泰葉さんの「フライディ・チャイナタウン」などには面くらう。小柳ルミ子さんの表現力えげつない。

後者の二曲はいわゆるTikTokとかで海外でバズっている曲だ。芽亜利さんが明らかに戦略的に選んでいるな。アンテナすごいなぁと思う。

そして、全てメロディが素晴らしいんだよね。


なんか最近流しのことばかり書いているけど、これだけの名曲を聴き続けていると、こっちも書きたくなるってなもんで。

書きかけだった作詞をちょっと再開したりもしてるのだ。

オリジナルも疎かにせず。


最近ふと。

俺、新聞奨学生の時ぐらい頑張ってるなぁって思ったんだよね。

配っているのが新聞から郵便になったってだけでね。

隙間を見つけて睡眠をこまめに取って、芸事に勤しむ。


あのときも少なからず

「俺は役者だぞ、こんだけやってるんだから」って思えてましたけど。

最近も「俺は唄うたいなんだぞ」って思えていますね。

やっぱり月一のライブとかだとそこまでは思えないんですよね。

やっぱり俺は腐っても郵便局員なんだよな…って思うから。


選べてきている気がします。生き方を。

手放さないでいきてぇもんだ。

2025年5月15日木曜日

弾くよりも聴く

一昨日の流しの練習を沢山したということを書きました。

それでも不足はしてしまったのだけど、やることはやったのだ。

で、明らかに練習のやり方が前回、前々回の流しの時と変わったんですよ。掴めた、とも言える。

それは、弾くよりも聴くということでした。


至極当たり前のことなんだけど、演奏する楽曲のことを理解することが本当に大事。

だから、とにかく聴くことが大切なんだなって思った、

ギターを持つよりもイヤホンを装着してる時間の方が長くなってきている。

完璧に暗唱できるレベルにするというのは、現実的ではないけど、楽曲の構成とか、A B サビ、そのメロディと歌詞がサッと出てくるぐらいが望ましい。

思えば、暗唱できるオリジナルやカバー曲は、圧倒的に自由だもんね。


聴けば聴くほど、曲のニュアンスやコード感、表現力、リズムの細かい捉え方とか。そういうのが見えてきます。

それは、その曲に対してだけではなく、自分の引き出しとしても豊かになるなぁって実感してます。


音楽を聴くって、思春期を通りすぎると、ちょっと量が少なくなってきませんか?

多分思春期と、新聞奨学生の早朝配達の時ぐらい、音楽を一番聴いてると思う。

そして、弾くときも聴く、になれれば。


こりゃ、俺の音楽も成長するぞ。