2022年10月7日金曜日

脱デジタル

 今日、出掛けてからスマホを忘れたことに気づいた。

あらら。

野村です。


僕は時計も持ち歩かないので、不便でしたね。

連絡もできないし。

ただ、それ以外は全く支障がなかったのさ。

大して困らなかったんです。


動画、観ねぇ。

SNS、観ねぇ。

ゲーム、止めた。

音楽、iPodで聴く。

暇な時にちょっと検索したり、ニュース観たりするぐらい。

つくづく、僕にはあまり必要ないんだなと思った。

そうは言っても、そうなれたのはごく最近のことだけどね。


なんか、高級なリゾート地の宿泊施設だと、意識的に脱デジタルとかすると聞きました。

暇潰しにちょこちょこ触ってしまうこの端末、もう少しつきあい方を考えてみたいものだ。


昔はこんな端末世の中に無かった訳ですよね。

リアルに解約してもいいんじゃねぇかと考えました。

僕は18まで携帯電話を持たなかった人間ですし。


突き詰めて脱デジタルアドバイザーとかになれないかしら。

思いつき。

2022年10月6日木曜日

できない時もあるからね

 昨日、詩にメロディをつけてみようかなと呟いてから、結構ギターを弾きました。

野村です。


あんまり上手くいかなかったんですけど、それが嬉しくて。

できないなー、鈍ってるなー、もっと弾きたいなーと思えたから。


今日の夜も弾くぞーとウキウキしてたのですが、ご存知の通り、急激な気温降下。

僕はおそらく気象病なので、自律神経が乱れやすい。

とんでもなく、疲れてしまいまして。


帰ってきて、温かいお風呂に入って、温かいお茶を淹れて飲む。

それでも身体がダルく、頭が重くなってしまい、一時間ほど休ませてもらいました。


くそぅ、せっかくの創作意欲の爆発が。


ギターは弾ける時に弾こう。

唄は書きたいときに書こう。


毎日健康とは限らないぜ。


俺の身体は生きている。

2022年10月5日水曜日

賞味期限

 Shiny's の「いがぐりロック」「びいだまマーチ」を聴いた。

毎度言っているが、本当に素晴らしい出来だ(笑)。

自画自賛しても恥ずかしくない。


自分の曲に改めて色々なことを教わる。

大切な瞬間を切り取ってきたなと誇らしくなる。


最近、収録曲の「空耳」をカバーしてもらう機会があった。

誰かの何かになることは素晴らしい。


メンタルが少し難しくなってから、曲を創りをしていないなぁと思った。

その時、その瞬間にある鮮度のようなものがある。

創らないと、もう自分の中で賞味期限が切れてしまうのだ。

勿体ない、食べられたのに…といった詩は何百個もある。


最近の自分の中で鮮度がある言葉は


コーヒーでも飲もうよ

とか、

愛することに精一杯で

大事にすることを忘れた


とか、である。


久しぶりに詩を唄にしたいなぁと思った。

メロディをのせてみようかな。

2022年10月4日火曜日

お祝い

 ご存知の通り、朝に北朝鮮がミサイルを発射した。

衝動的にツイートしてしまったよ。

野村です。

ちっぴーと色々LINEでお話をしてました。


通勤時間だったんだけど、もし僕の街にミサイルが落ちたとしたら、必死でちっぴーと息子を探すし、落とした奴は許さないなと思った。

当たり前ですが。


僕ね、この前の日曜日からずっと悩んでいたんですよ。

僕はこのまま生きててもいいのかなって。

二人と一緒にいてもいいのかなって。


でも悪夢を想像したときに、悩むことなく二人を愛していることを確認できたんだよね。

絶対探すし、無事であって欲しいし、僕もそのために生きたい。

沢山の邪魔なもので見えなくなっているけれど、大切なことは多分自分で知っているんだ。

忘れないようにしないと。


今日の夜はマクドナルドでいこうと前から決めていたのですが、マクドナルドが食べられること、三人が無事なことをお祝いしました。

二人を誘って20分ほど夜の散歩もした。

毎日を大切にしたい。



自分の手で人を殴れば痛い。

相手も痛い。

自分の手も痛い。

殴るなら、自分の肉体を使って殴れ。


そうして、傷つける痛みを知らなきゃいけないんだよ。

ミサイルが翔んで、手を叩いてお祝いなんかしてるんじゃないよ。

2022年10月3日月曜日

そんな毎日です。

 このブログのタイトルは「隠し事ができない」である。


前々から由来についてはお話しているが、顔とか態度に出てしまうので僕が本音を隠すのが苦手なところから来ている。


昨日、家出をしたという内容を書いた。

予想より「大丈夫?」みたいな反応がなくてありがたい限りだ。


まず、ブログに書いている時点で修復不可能という訳ではないだろう。

矛盾するようだが、本当にブログに何でもかんでも書ける訳ではない。

我が家だけの秘密や、自分のもっとドス黒いところなんかは流石に書けない。


そこ以外のことをなるべく赤裸々に描きたいわけだね。


あと、最近他の家庭でも色んないざこざがあるということも知れたのも大きい。

どこの家庭だって喧嘩したり、仲直りしたり、本気で憎んだり、笑いあったり、絶望したりしているんだろう。

何も僕のネガティブが特別ネガティブな訳でもないはずだ。


タブーはなるべく無いようにしたい。

ただ、守るところは守っていきたい。


今日は一度も笑えないと思っていたが、帰って息子と遊んだら心から笑った。

有り難い限りである。

昨日、帰ってこない僕を心配してくれた妻を思い、心配するというのは愛情がなければできないことだよなと有り難く思った。


幸せばかりではないし、

不幸ばかりではない。


そんな毎日です。

僕らの毎日は。

2022年10月2日日曜日

出せよ

 今日は息子が生まれて300日でした。


めでたい日に、僕は家を出ていった。

朝に大喧嘩をして、もう沢山だ、と出ていった。


5時間ぐらいだろうか。

川沿いで水の流れを見た。

植物園で親子のやり取りを見た。


七回ほど家のドアの前で立ち止まり、

ドアを開けられず去った。


玄関に入って靴を履いたまま家の中に上がれずに、ずっと立ち話をしたりしたよ。


破壊的な気持ちではあったけど、その気になれば、妻も息子も置いていけるだけの行動力があるじゃねぇか、テメェ。と思った。


暴力でも

優しさでも

怒りでも

喜びも

本音も

もっと出せるんじゃねぇか。

今日、こんなに素直になれたんだから。

出せるだろ、出せよ。


言い訳ばかりの人生に腹が立つね。

2022年10月1日土曜日

過ごした

 先週に続き、今日も専門学校の別の同期の子と会ってきました。

野村です。

場所は専門学校時代の聖地、下北沢。

同期の子は子どもを産み、尚且つ二人目を授かっていました。

めでたやめでたや。


下北沢の街も変わってしまった。

そして僕たちも変わっています。

ただ、変わらないところもある。

強くなったところもある。

稽古場で過ごした頃より、僕たちは大人になった。

今では魅力を感じないドリンクバーなんか頼んだりして。



積もる話も沢山あったけど、お互いの子どもに見とれて時は過ぎ。

街をブラついても行った場所と言えば、食料品店、100均、生活雑貨。


下北沢らしいことは何もしなかった。

始まっていたカレーフェスティバルには見向きもしなかった。


特別なことなんか何もしないで、17:00には解散したのさ。


でも、僕たちは笑ってサヨナラしたんだ。

話したいことは話せなくても、足りなくなかったのさ。

不思議だ。


足りないってなんだろう。

満たされるってなんだろう。

なんだろう、なんて思わずにいたのさ。

不思議だ。

こんなに穏やかに過ごしたの。

送った、のではなくて。