15:00より配信いたしました。
1.ユーモラス(ゆず)
2.やりたくない
3.パラドックス
4.エントロピー
5.息子(奥田民生)
配信でも言いましたが、だんだん15:00の男を名乗って配信やった方がいいんじゃないかという気持ちになってきました。
あと、アーカイブのタイトルに演奏曲を書くのをやめました。
後から観る人にはネタバレになってしまいますからね。
知りたきゃこのブログ見てくれればいいし。
今日の配信のMCも非常に辛気くさいモノとなったが(笑)、やれて良かったなぁ。
最近の中では一番ライブっぽくやれた気がします。
今日21:00からラジオに出るんですよ。
たぶん出演してから帰るとまたブログ書くのが遅くなりそうなので、今綴っております。
配信や、7/20の橋本GOHANもそうですが「場」があるというのは本当にありがたい。
行きつけのお店なんかもそう、安心して帰れる家なんかも。
そこにあるということが何より嬉しい。
そんな場所はないでしょうか。
ライブハウス、夜の街に代表されるように「場」というものが、コロナで奪われている。
九州豪雨ではそもそもの家さえもが奪われている。
経済が回らなくてお店もつぶれていっている。
いろんな人の「場」がどんどん無くなっていってしまっているような感覚を覚えるんです。
だから、今日のラジオは本当に嬉しいし、秋田犬に遊びに行けるのも嬉しい。
まだ「場」がそこにあるからだ。
今日はそんな想いを歌いたくて、配信でエントロピーを歌った。
無くなっていくことは苦しいけれど、死なない限り「残る」ものがあるはずだ。
肉体でもなんでもいい。
残っているものをもっと大事にできたらと思いながら、ラジオでお話できたらと思っています。
こちらもアーカイブ残るので、リアルタイムでなくても。
ひとまず、九州豪雨が収まりますように。
2020年7月7日火曜日
2020年7月6日月曜日
プロとして
熊本や鹿児島にまた豪雨被害が出ていますね。
今年はどれだけ、苦しめばいいのかと言った感じだけど。
新型コロナで、医療従事者の方たちの苦労を和らげてあげることもできないなぁとか
豪雨被害の救済に向かっている消防士さん達の姿を観て、自分は如何に無力なんだろうと思ったりもするんです。
でも、こういった時だからこそ
例えば、
ミュージシャンは音を止めてはいけないんだね
物流を担う人は、配達を止めてはいけないんだな
家事をする人は料理をすることをやめてはいけないんだ
と。
今日、朝のニュースを観ながらちっぴーと話していた。
僕は医療従事者ではないし、消防士ではないし、自衛隊でもない。
全く「役に立たない」。
でも、何かしらの形で生きている。
以前、関根務さんの本で
「絶対に誰かが何かしらのプロなんだ。僕が人を笑わせられなかったら、芸人失格です。タクシーの運転手が人を笑わせられなくても怒らない。でも道を間違えたら怒る。だってその人は運転と地理のプロなんだから。」
といったことを書かれていた。
至極、納得である。
災害に僕らは大部分無力だけど、今の自分の生活を丁寧に守ること、過ごすことはできる。
せめて、被災していない自分だけでも「いつも通りの生き方」をしてやりたい。
ニュースを見すぎて落ち込むなんて、もっての外だ。
それが回り回って、被災地の人とか、支援の人の笑顔に変われば良いですね。
後は祈ること、募金。
無力な自分を認めること。
それくらい。
それから何か変わるかもしれないです。
2020年7月5日日曜日
今やってる
今日はShiny'sの練習をしたあとに、町田プレイハウスの無観客配信ライブを観た。
Qsのえいだのバースデー企画が形を変えて今回の形になったらしい。
以前連絡を取ったときに、やるとは聞いていたが、えいだもTwitterの告知をマメにしないもので、正直忘れていた(笑)。
観には行けなかったけど、画面越しのえいだはじめ、アーティストの面々はたくましかった。
結構見知った顔も多かったし。
やっぱりわくわくするよ、うん。
奇遇にも四谷アウトブレイクの店長さんが先ほど、都知事選のインタビューを受けていて、ライブハウスは今、本当に変革の時期を迎えているとは思う。
僕もやっぱり生ライブが好きだ。
だが昨日のハモネプもそうだし、今日の配信もそう。
リモートでも感動することは沢山ある。
ライブ>配信
というのは短絡的な話だ。
そもそも何もかもが違う。
テレビドラマと劇場公演くらい違う。
どちらかが上で、どちらかが下ってこともない。
もっといえば、時代の違うライブエイドの映像とか、アンプラグドの映像とか、画面越しに感動できることを僕たちは知っている。
僕もライブをするようになる前は、CDの中のメジャーアーティストが音楽の全てだったし。
現場の生の感動を知っている人間は、やっぱり生が一番と言うだろう。
それはそれを「奪われたから」に違いない。
そして、僕もその一人だ。
やっぱり生が一番。
でも配信してくれてありがとう。
今日もそんな気持ちを持って、音楽が今も流れる幸せを噛み締めたい。
あまり飲まない酒を今日は飲んで、そう思っている。
Qsのえいだのバースデー企画が形を変えて今回の形になったらしい。
以前連絡を取ったときに、やるとは聞いていたが、えいだもTwitterの告知をマメにしないもので、正直忘れていた(笑)。
観には行けなかったけど、画面越しのえいだはじめ、アーティストの面々はたくましかった。
結構見知った顔も多かったし。
やっぱりわくわくするよ、うん。
奇遇にも四谷アウトブレイクの店長さんが先ほど、都知事選のインタビューを受けていて、ライブハウスは今、本当に変革の時期を迎えているとは思う。
僕もやっぱり生ライブが好きだ。
だが昨日のハモネプもそうだし、今日の配信もそう。
リモートでも感動することは沢山ある。
ライブ>配信
というのは短絡的な話だ。
そもそも何もかもが違う。
テレビドラマと劇場公演くらい違う。
どちらかが上で、どちらかが下ってこともない。
もっといえば、時代の違うライブエイドの映像とか、アンプラグドの映像とか、画面越しに感動できることを僕たちは知っている。
僕もライブをするようになる前は、CDの中のメジャーアーティストが音楽の全てだったし。
現場の生の感動を知っている人間は、やっぱり生が一番と言うだろう。
それはそれを「奪われたから」に違いない。
そして、僕もその一人だ。
やっぱり生が一番。
でも配信してくれてありがとう。
今日もそんな気持ちを持って、音楽が今も流れる幸せを噛み締めたい。
あまり飲まない酒を今日は飲んで、そう思っている。
2020年7月4日土曜日
歌いたい
サザンの例の配信ライブを観ていなかった僕ですが、今日ハモネプを観ました。
やっぱり音楽は元気になる。
配信ライブも増えている昨今ですが、画面で観てもらえるならこれくらいの感動があるといいな。
何ができるのか、何になるのか。
そんなことを考えますけども、こうやって救われて癒されているから、僕もそれをやりたいと思うわけで。
唄巧くなりてえなぁ。
最近iPodに入ってたゴスペラーズさんを聴いて、アルバム買うぞ、と決心してただけに。
(改めてゴスペラーズが化け物なのを確認したんだけど)
自分で自分を認めてやらなきゃ、救われない。
それと同じで、自分で自分のやっていることを認めてやらなきゃね。
泥臭く生きたいなぁ。
最近蘇った僕です。
やっぱり音楽は元気になる。
配信ライブも増えている昨今ですが、画面で観てもらえるならこれくらいの感動があるといいな。
何ができるのか、何になるのか。
そんなことを考えますけども、こうやって救われて癒されているから、僕もそれをやりたいと思うわけで。
唄巧くなりてえなぁ。
最近iPodに入ってたゴスペラーズさんを聴いて、アルバム買うぞ、と決心してただけに。
(改めてゴスペラーズが化け物なのを確認したんだけど)
自分で自分を認めてやらなきゃ、救われない。
それと同じで、自分で自分のやっていることを認めてやらなきゃね。
泥臭く生きたいなぁ。
最近蘇った僕です。
諸行無常の響きあり
365日あれば、毎日同じ日はない。
つまりその、
なんだ、
ブログを毎日更新していた訳だが、
つい、日付を越えてしまった。
これは悔しい訳である。
ただ自分に約束しただけの話なんだけど。
しかし、もう1つ自分に約束したことがあるとすれば
連続した日付にできなかったとしてもブログは書くということ。
あぁ、書けなかったわー
では終わらせないということ。
継続ってそんなもんだろ。
今日からまた1日目。
僕は完璧主義なところがあるから、こういった時に全てやめたくなるけど、今までやったことは続いているのさ。
ブログが書けない日に
諸行無常の響きあり。
つまりその、
なんだ、
ブログを毎日更新していた訳だが、
つい、日付を越えてしまった。
これは悔しい訳である。
ただ自分に約束しただけの話なんだけど。
しかし、もう1つ自分に約束したことがあるとすれば
連続した日付にできなかったとしてもブログは書くということ。
あぁ、書けなかったわー
では終わらせないということ。
継続ってそんなもんだろ。
今日からまた1日目。
僕は完璧主義なところがあるから、こういった時に全てやめたくなるけど、今までやったことは続いているのさ。
ブログが書けない日に
諸行無常の響きあり。
2020年7月2日木曜日
生きたい気持ち
今日は、昨日と同じく元気がなかったのです。
何をしようにも身が入らない。
頑張ろうと思えば思うほど疲れてしまう。
それがより苦しかった。
今日は本当に1日を無駄に過ごしたのだけど、先ほどアンビリーバボーで
【妻が願った最期の「七日間」】という本の話をやっていた。
宮本英司さんのノンフィクション。
朝日新聞の投書欄に寄せられた文章から始まった物語みたいです。
恥ずかしながら知らなかったです。
小腸ガンが発見され、ステージ4。
闘病と何気ない日常を描くこの物語に涙が止まりませんでした。
もう、本当に息ができないくらい。
最近の自分の情けない生き方をしみじみ感じられたというか。
結局、自分にはまだ時間が残されていると思ってしまっているのだよなと。
しっかり生きたいよ、と。
強く思いました。
絶望しながら生きるより、
苦しみながらでも精一杯。
もう少し自分を嫌いになろう。
こんな自分は嫌だと思えるくらい。
生きたい気持ちが芽生えるくらい。
はー。
ありがとうございました。
何をしようにも身が入らない。
頑張ろうと思えば思うほど疲れてしまう。
それがより苦しかった。
今日は本当に1日を無駄に過ごしたのだけど、先ほどアンビリーバボーで
【妻が願った最期の「七日間」】という本の話をやっていた。
宮本英司さんのノンフィクション。
朝日新聞の投書欄に寄せられた文章から始まった物語みたいです。
恥ずかしながら知らなかったです。
小腸ガンが発見され、ステージ4。
闘病と何気ない日常を描くこの物語に涙が止まりませんでした。
もう、本当に息ができないくらい。
最近の自分の情けない生き方をしみじみ感じられたというか。
結局、自分にはまだ時間が残されていると思ってしまっているのだよなと。
しっかり生きたいよ、と。
強く思いました。
絶望しながら生きるより、
苦しみながらでも精一杯。
もう少し自分を嫌いになろう。
こんな自分は嫌だと思えるくらい。
生きたい気持ちが芽生えるくらい。
はー。
ありがとうございました。
2020年7月1日水曜日
肯定的にクヨクヨ
今日、告知をしないで配信してみました。
演奏曲
1.理想の毎日
2.ピリオド
3.バリア
4.暴言ロック
5.脳と幻
6.苦笑い
気づけば珍しくオリジナルだけで構成されていました。
寝間着だし、髪ボサボサだし、近々消します。
すごく元気がなかったんですよ。
今もあまりないけど(笑)
どうしたもんかなぁと思いまして。
それこそ色々諦めそうになるくらいクヨクヨして。
配信今日もするかなーとか思っていたんだけど、こんな人間がどの面さげて演奏するんじゃ、くらいの気持ちで、やっぱりやめようと思っていた。
しかし、その時、志茂田景樹さんのTwitterで「クヨクヨしてもいいから、肯定的にクヨクヨしようぜ」といったお言葉があり。
そうか、一人でクヨクヨしないで、せめて配信しながらクヨクヨしようと思った。
そして、僕の唄は「肯定的にクヨクヨしようとした唄」ばかりなのを思い出した。
落ち込んだ男がギターを持つ、歌詞カードを開く。
その時に目に入ったのが「理想の毎日」という曲の歌詞だった。
構成とか、アレンジの甘さのせいであまりシャイニーズで歌えていなかった曲だった。
理想の毎日は、僕がバイク事故で足を骨折して、バイトもシャイニーズもできなくなってしまった時に書いた唄だ。
今の自分の心境にハマった。
今日は自分のために唄を歌ってあげようと思った。
唄を書いて、歌う。
それは僕にとってただの救いだった。
どこにもいけない気持ちを形にして、吐き出さなきゃいけなかった。
演奏した曲は昔の曲だけど、その時の自分が確信を持って書いた唄だ。
拙い唄はあっても、いい加減な唄はない。
それが誇らしかった。
粘れよ、俺。
演奏曲
1.理想の毎日
2.ピリオド
3.バリア
4.暴言ロック
5.脳と幻
6.苦笑い
気づけば珍しくオリジナルだけで構成されていました。
寝間着だし、髪ボサボサだし、近々消します。
すごく元気がなかったんですよ。
今もあまりないけど(笑)
どうしたもんかなぁと思いまして。
それこそ色々諦めそうになるくらいクヨクヨして。
配信今日もするかなーとか思っていたんだけど、こんな人間がどの面さげて演奏するんじゃ、くらいの気持ちで、やっぱりやめようと思っていた。
しかし、その時、志茂田景樹さんのTwitterで「クヨクヨしてもいいから、肯定的にクヨクヨしようぜ」といったお言葉があり。
そうか、一人でクヨクヨしないで、せめて配信しながらクヨクヨしようと思った。
そして、僕の唄は「肯定的にクヨクヨしようとした唄」ばかりなのを思い出した。
落ち込んだ男がギターを持つ、歌詞カードを開く。
その時に目に入ったのが「理想の毎日」という曲の歌詞だった。
構成とか、アレンジの甘さのせいであまりシャイニーズで歌えていなかった曲だった。
理想の毎日は、僕がバイク事故で足を骨折して、バイトもシャイニーズもできなくなってしまった時に書いた唄だ。
今の自分の心境にハマった。
今日は自分のために唄を歌ってあげようと思った。
唄を書いて、歌う。
それは僕にとってただの救いだった。
どこにもいけない気持ちを形にして、吐き出さなきゃいけなかった。
演奏した曲は昔の曲だけど、その時の自分が確信を持って書いた唄だ。
拙い唄はあっても、いい加減な唄はない。
それが誇らしかった。
粘れよ、俺。
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