2024年10月7日月曜日

踏み出す用意

 今日久しぶりに夜に起きられました。

それだけのことで、なんて嬉しいんでしょ。

野村です。


今日はちょっとお仕事で大いなる一歩があって。


私、世を忍ぶ姿が郵便局員なんですけど。

配達が基本業務なんですが、付随業務に販売業務があるんです。

まぁ、分かりやすく言うと年賀状の販売等が想像しやすいですかね。

当たり前のことなんですが、ノルマなどはなく。

売らなくてもペナルティはないけど、売ればまぁ、ポイントにはなるし、出世にはなる。


でも、言うても忙しいですし、「○○買いませんか?」って話しかけるの、怖いんですよ。

営業なんてやったことないんだから。


でも、今日リーフレットを持って勇気出して声をかけたら、買ってあげるよって言ってくださった方がいたんですね。

えー、こんなありがたいことがあるかしらと。

心は踊っていたよ。


どうせ売れないだろうと諦めていたら?

リーフレットを持ち歩いていなかったら?

びびって声をかけなかったら?

勿論売ることなんてできなかっただろうね。

準備や用意が整っていたから、お話を聞いていただいたんだと思う。


僕ね、年賀状は勿論売ったことはあるんだけど、その他の販売品って売れたことなかったんですよ。

「あー、ごめんなさい」って言われるばかりで。

当たり前なんだけど。


なんだろね。

最近レッスンとか、そういうので自分を売るっていうことを頑張れるようになったのかね。


正直、販売品を売るのであれば、自分の作品をもっと売りたいなと思ってしまう瞬間はあったけど。

僕は今日、カッコ良かったと思うんだな。

負けんな負けんな

 昨日は3:00に起きましたが、今日は1:00前。

整わないねぇ…野村です。


寝汗をかくんです。

なんか、気持ち悪い量。でも体温は35.6℃ぐらい。

平熱よりだいぶ低いので、自律神経やられてるんだなって思ってます。

俺にはやらなきゃいけないことが沢山あるんだぞ。

勘弁せぇ。


さて、とある依頼により、カバー曲を練習しています。

最近何かをカバーするのって、ほぼ即興なんですよね。コード譜見てさらっと弾く、みたいな。


ですので、披露をするためにきっちり歌詞やコードと向き合って練習をするのって本当に久しぶりなのです。

なんか、新曲ができて、必死こいて練習するのに似ています。


全然思いどおりにならないんです。

それがどうにも楽しい。


これじゃないんだよなぁって思ったり。

この声じゃないところに行きたいって思ったり。

あー、今の弦のタッチが気持ち悪い、って思ったり。


少なくとも自分だけでも想像できるクオリティというものがあって、そこにすらたどり着けてない自分。

それが腹立たしいし、想像できるならそこぐらいは目指せるだろって練習する自分。


それが、ちょっとカッコよく思えてんだ。

2024年10月5日土曜日

たんぱく質と花火

 先ほど寝かしつけの時から、仮眠するつもりで寝かせてもらいました。

そしたら爆睡で…。

一度23:59に起きたのですが、そのまま起きれずに今まで寝ていました。

疲れていたんだなぁ、野村です。


育児仲間の家族がいます。

元アーティスト仲間で、よくしてもらってるんですけど、地元の花火大会に誘われたんですね。

ただ、1日雨だったから花火は止めて一緒に御飯を食べようということになりました。


最近貧血のような症状が出ていたので、何が食べたい?って言われた時に「たんぱく質❗」って即答して(笑)

しゃぶ葉に行ってきました。

心ゆくまで肉を食らってきた。

向こうさんの娘さんも、産まれたばかりだと思っていたのに、もう一歳を超えて。

すごい成長だなぁとニコニコしちゃうね。

うちの息子の妹ちゃんみたいでした。


雨だとは言えど、しゃぶ葉に出発する前に家で「ドーン」という爆音が響いた。

向こうの空が明るくなって、一輪の花火が上がる。

うわー、きれいだなーと心が明るくなる。

息子も不思議そうだ。

こんな雨の日でも花火を決行する花火師や、実行委員会みたいな方たちがいるんだよね。


悲劇を生む爆弾ではなく、同じ火薬で人をワクワクさせてくれる皆様に敬意を。


早く体調を戻して沢山こういうことで笑いたいぜ。

2024年10月4日金曜日

アプローチ

 最近元気がないのです。

多分また血が足りないのだと思います。

野村です。

やりたいことは沢山あるのに、活力が湧いてこない。

イライラするけど、これも現実。

付き合っていかねば、対処していかねば。


実は今日もレッスンでした。

2日連続レッスン。

小忙しいけど、充実してます。


レッスンといえど、アプローチが全然違うんだよなぁと思うんです。

昨日はボーカルレッスン。

今日はボイストレーニング。

大体そんな感じ。

音楽がコップだとしたら、横から見たら四角だし、上から見たら丸かもしれない。

どこから見ていくか、それで扱い方も変わる。


ボーカルレッスンが国語だとしたら、ボイストレーニングは数学。

そんな感じ。

僕が捉えるに。


ボーカルレッスンはお歌をどう表現していくか。

解釈だったり、流れだったり、そういったものに心を砕く。

正解なんてなくて、どれを選ぶかが大事な気がします。


ボイストレーニングは声のトレーニングで。

ピッチであるとか、ブレスであるとか、身体の使い方を中心に行うことも多い。

正解があることも多いです。

ドはドなんで。表拍裏泊も。


自分だけでやっていたら、こんなに音楽を多角的に考えることはない。

考えることはあっても、言語化できるほど理解しておかないと思うんです。


教えることは一番学べる方法だと聞いたことがあるんだけどね。

本当にそうだと思う。


あー、もっと知りたいよ。

2024年10月3日木曜日

呪い

 今日は息子が熱を出して、ちっぴーは仕事の関係上お休みを取れず。僕が仕事場に無理を言ってお休みをもらい看病してました。

ありがたいことです。

逆にいつもちっぴーには、こういう時に頑張ってお休みをもらって、看病してもらってますので。

理解ある職場で本当に助かります。


まぁ、看病とは名ばかりで、息子は全然元気なので特に何をするということもなく。

いつものお休みのように過ごしてました。

僕が気圧か何かで元気がなくヘロヘロしてる以外は普通の日でした。熱下がれー。


夜はレッスンに行って参りました。

今日はボイストレーニングというより、ボーカルレッスン。

どうすればこの楽曲を歌いこなせるかっていう部分に重きを置いてレッスンしてきました。

僕はどちらかというとこっちの方が好きなんですね。


いやぁ、どうすればもっと引き出してあげられるだろうと悩むこともありましたが。

そもそも一回のレッスンでそんなに劇的に変わるなんて虫のいい話はあるめぇと。

何かを与えなきゃと、焦る自分を抑え込んでおりました。


表現ってなんなんだろうなって、改めて考えるレッスンでしたよ。


同じ音で、同じ歌詞なはずなのに。

表現だけでこんなに違うし。

あ、そっちよりもこっちのほうがいいかもね、なんつって。

そしたら見違えるほど伝わるようになったりする。


だから、楽しいし。難しいし。

考えたいんだね。粘りたいんだね。


呪いですわ。

2024年10月2日水曜日

そこも成長

 昨日の夜から、息子が熱を出しました。

保育園で流行っておりまして、ずっとゴホンゴホンと咳をしてたんです。

それが喉の奥で痰が絡むような音になってきて。


危ないかな、と思っていました。


でも、ずっと大丈夫だなぁと油断していたのだけど、昨日の夜に遂に…

久しぶりだなぁ。


僕も最近調子が悪いのも、実は息子の風邪をもらって、治しながら生きているのではないかと思えてきた。

ずっと眠いし疲れているからね。

健康大事よ。


あー、いいことだなーって思ったことがあります。


薬を飲ませる訳ですけど、お薬飲むよーって言うと「飲むー」って言うんですね。

息子のお薬はいわゆるシロップに融かされているような「甘い」やつなんですね。

毎回お薬を飲むときに甘い訳だから、ジュース感覚なんですね。

この前は「おかわりー」って言ってましたからね(笑)


お薬イコール苦いもの、嫌なもの。

となるのはマイナスですよね。

お薬イコール甘いもの、楽しいもの。

の方がいいよね。


捉え方が前向きな方がいい。

それでお薬を飲めるならいい。


そうやって苦手なことを少なくできたらいいね。

2024年10月1日火曜日

怒りを料理したい

 怒りは何も生まない。

自分が怒りに飲まれて後悔するときにいつも思うことだ。


今日は久しぶりにそんな状態だった。

季節の変わり目も、気圧も、疲労もあっただろう。

とにかくイライラしていたのである。

午前中はそれを落ち着かせるだけで終わっていったように思う。


誰かに暴言を吐いたり、罵声を浴びせたい気持ちがあり。何回とそのシミュレーションが脳で行われた。

その気持ちのままいってしまったら一時的にはすっきりしただろう。


しかし、怒りは何も生まない。

いや、他人に怒りをぶつけても何も生まれないというのが正しいかもしれない。

ひとまず穏便に1日終えることができた。


怒りは活力だ。

それで、やってやるよという行動の源になることはある。

しかし、それを他人にそのままぶつけたら、やられた側は気持ちがいいはずがない。

どんなに正しくても、なんだお前、だけだ。


その怒りを料理したいのである。

整えたいのである。

そうして差し出された怒りは、意見だったり、注意だったり、忠告だったりするのだろう。

若しくはジョークや皮肉になるのかも。

表現や作品にだってなるだろう。


そのまま出すことだけはしたくない。

怒っている時は、自分を正統だと誰もが思うものだから。


そのまま出したいけれど。