2024年1月7日日曜日

遊びの天才

 昨日の夕方から茨城に行き、今日の夜に帰ってきました。

野村です。

妹夫婦の家に泊まりに行ってきたんです。

僕は正月帰省できなかったから、明けましておめでとうでした。


前回お邪魔したときは多分栄養失調の真っ只中で、お邪魔したにも関わらず甥っ子や息子の面倒もあまりみれず、寝かせてもらったら起きられないという事態になってしまったんですよね…

ブログに書いたかどうかは覚えてないのですけど。


わざわざ来たのに何してんだってガッカリして帰ったものですから。

今回は楽しく過ごせて良かったです。


息子と甥っ子のキャッキャしてるのがとにかく可愛いんです。

今日は近場の室内遊園地みたいなところに行って、ボールプールでしこたま遊びました。

二人ともぶちこんでやりましたよ(笑)


1個の遊びに夢中になってずっと遊んだり、色んなことに興味を持って走り回ったり。

君たちは遊びの天才だね。

2024年1月6日土曜日

運動不足

 今日は音楽仲間のお家に遊びに行きました。

仲間は女性のほうでして、旦那さんとは初対面。

どんな方かなぁと思っていたら、まーコミュ力の高いイケメンでした。

僕がネクラで、むこうさんはネアカの印象。

太陽のような方で、すごく元気もらいました。


実はとあるやんごとなき事情により、我が家は電動自転車を所有することになりました。

最近はちっぴーがそれで息子の送り迎えとか出勤をしているんですけども。

疲れた疲れた言ってます。


音楽仲間のお家の近くには駐車場がコインパーキングしかないので、一度僕が息子とちっぴーを送り届け、僕が帰宅して電動自転車で再度向かうという流れになりました。


言うても僕は普段原付を乗りこなし、1日の歩数は10000歩を平気で超える。階段の登り降りも数知れず。

毎日運動しているようなもんだから、楽勝だと思ったんですけどね。

すげぇ疲れました(笑)

特に陸橋の坂道を越えるときに、電動アシストがあるのにひーひー言ってしまった💦

普段どんだけ原付のエンジンに助けられていたか知りました。


疲れた疲れた言うちっぴーに言ってたんです。

「自転車漕ぐだけで疲れるのはちょっと運動不足なんだろうね」って。


俺もでしたわ。

2024年1月5日金曜日

いただきますを言おう

 少し無神経な内容かもしれませんが書きます。


元旦に地震が起こりました。

僕がリアルタイムで経験した地震は、東日本大震災。

勿論その頃も神奈川にいたから直撃ではなかったけど、かなりの恐怖と不安だった。


その頃、一番地震の影響を感じたのは物資不足だった。

ガソリンは無い、コンビニからパンが消えたり。

色んなことが社会現象だったね。

買い占めとかは新型コロナの初期にもあったね。


食べ物があるということ、電気があるということ。

それが全く当たり前なんかじゃないって。

戦争なんか知らない僕は始めて思いしった。


今日ね、配達しながら、急に。

今地震がここでも起こったらどうしようって思ったんだ。

勿論困るんだ。大変なんだ。

でもね、今は息子がいる。


最近お腹が空くと「ごはん」「ぎゅーにゅー」と行ってくる息子。

いつもは支度をして食べさせる訳だけど、食べ物が無ければ食べさせてあげられない。

家電が無ければ今の僕では米すら炊いてあげられない。


子どもに食べ物をあげられない、ひもじい思いをさせることになるのかって思うと、とても辛かったんですね。


だから、今日は


キチンといただきますを言おうって思ったんです。

ありがとうって思おうって。

2024年1月4日木曜日

キチンと生きてたよ

 息子とちっぴーが帰ってきて、今年初めてのお仕事。

今まで自分のことだけやってれば良かったのに、途端に忙しくなった。

朝もしっかり起きなきゃならないし。


しかし、今日は朝から朝食の支度をして、ロコモコ丼みたいなお弁当を作り、家を出ていった。

うーん、久しぶりだけど懐かしい朝だった。

良いスタートダッシュが切れたぞ。


お仕事はいくぶん落ち着いていて、定時退社をしたら、ちっぴーがちょっとお迎えに間に合わないかもと言われて、息子を迎えに行く。

帰りがけ、無性にカレーが食いたくなり、家に帰ったら自炊した。勿論俺がである。

カレーだと翌日とか、お弁当が楽なのよね(笑)


ここまで色々書いたけど、これは去年も当たり前のようにやっていたこと。

だが、僕のメンタルが落ち込んで、自分には何もできない、何もしていないと思い込んでいた。


俺、キチンと生きてたよ。

2024年1月3日水曜日

持ってる我が家

 束の間の正月休みを経て、今日もお勤めして参りました。

野村です。

頑張った頑張った。


今日はちっぴーと息子を迎えに行きました。

とは行っても僕もお仕事で、急行の停まる駅までですけど。

妹夫婦が家のある茨城まで相乗りさせてくれたようで、茨城から電車で帰ってきたんですね。

感謝感謝です。

息子も久しぶりの僕に笑いかけてくれたので、ちゅーしました。はい。


お迎えに行く際に、久しぶりに自家用車を運転しました。

タイヤをスタッドレスに換えたので、空気圧が減ってたんです。

お迎えに行く前に空気をいれねば。


ただ、今日は三ヶ日。

どこのガソリンスタンドもやってねーんです。

やってても空気圧を足せる道具がない。

お目当てのところも、そこがダメならってスタンドもやってねー。

こりゃー、困ったぞと。

走りに走り、六ヶ所ぐらいダメで。


少し走れば高速道路のインターがあってね。

その辺ならさすがに営業してて、空気圧も入れられるだろうと❗


そうしたら、ついに入れられるガソリンスタンドを見つけました。


そこがね、ちっぴーの仕事場から30秒ぐらいのスタンドだったというオチでした(笑)


いや、持ってるわ、我が家。

2024年1月2日火曜日

これぞ正月

 お陰さまで年末からずっと楽しいです。

野村です。

蘇ったわ。


昨日後輩とリモート飲みをして、終わったのが1:30。

想像以上に話した。

とても有意義でした。

彼の生き方には尊敬できる部分が沢山ある。


寝不足もあり、今日は12:00過ぎまで普通に寝ててびっくりした。

途中何度か起きたと思うけど、トイレにも行かないでずっと寝ていたのだ。俺若いわ。


朝食になった昼食を食べて、ゴロゴロゲームをしながらずっと最近買ったCDを聴いていた。

贅沢に自分のしたいことだけ浴びるように体験した。


Official髭男dism は才能に溢れているなぁ。

スピッツはいつまでもポップで、クロマニヨンズはいつまでもロックだなぁ。

そんなことをずっと感じていた。

素晴らしい正月であった。


ギターを弾きたくなって、弾く。

そういえばもうライブまで二週間ぐらい。

練習もはかどる。

創作もはかどる。

新曲にしたいモチーフは沢山だ。

僕はこうだった。

ちっぴーと息子がいてもこれをやれなきゃな。

夕方からはOfficial髭男dismの特典DVDを観た。

NHKホールのワンマンライブをほぼフル尺かな。

18曲。

素晴らしいです。


Xに関しても、年末以降本当におしゃべりになった。

Twitterの由来はつぶやきなんだよね?

身のあること、大切なこと。

それも大事だけど、くだらないことやまとまらないことも口に出していいんだと思えてきた。

ブログのリンクだけが続いていた僕のアカウントもちょっとは変わっていきそうだ。


明日からまたどう生きようか。

2024年1月1日月曜日

SNSに限らない

 仕事初めし、帰ってきて爆睡。

今日は夜にこの僕が三時間しか眠れなかったのだ。

当たり前に眠かった。野村です。


まず、起きて地震が起こったことを後から知りました。色々無事でありますように。

元旦からすごいことになってしまいましたね。


郵便屋さんなので、年賀状を配ってきました。

年々減少しているとは言えどやはりものすごい数。

僕も書いたし、今日届いたけど、やはり人の文を見るとほっこりする。批判的な意見も多いだろうが、僕は年に一回人を想うのは悪くないと思っている。


配達したり、準備していると「この家、年賀状の量すごいなー」と感心することがある。

コンプライアンス的に言えないけど、大体学校の先生とか、弁護士、税理士…そういった人にはやっぱり多いよな。


僕は常々、最近のSNSに代表される、数の自慢みたいな風潮が苦手だった。

フォロワー何万、動画が何万回、動員何万…それだけで何がわかるってんだい。分かることも沢山あるけども。

数字に見合わない実力の人間がいるのも事実だから。



ですが、今日年賀状を配っていると…

昔も結婚式に何人呼べたとか、テレビの視聴率何%だとか、年賀状何通だとか、携帯の電話帳に何人登録があるだとか…

そういう数が世間様との付き合いのバロメーターだった時代もあったんだよなと思ったのさ。


高校で初めて年賀状を同級生に出したとき、親でなく自分宛の年賀状が今年は何通とか気にしてたし。

それこそ下世話だが、男女の経験人数が何人とかも実は張り合ってたりするよね。

童貞や処女、つまりはゼロってことが恥ずかしいと思って生きていた時代もあったもの。


形が変わっただけで、SNSに限らないで、結局数を張り合いながら人間は生きているのかもしれない。

江戸時代は何万石とか、何万の軍勢とか、そういったもので競っていたこともあったろうしね。


別に今の見栄を張る時代が見苦しい訳ではない。

多分ずっと人間は見栄を張っているのだ。


そんなことを年賀状から思ったのさ。