かまいったーTVという、Twitter初のバラエティー番組が今日始まったらしいです。
いやぁ、Amazonプライムとか、テレビ以外の媒体で番組をやることがもう普通になっていますね。
ラジオは、テレビが出てきて一時廃れてしまったけど、今も根強い人気がある。
アナログレコードや、手紙なんかも、未だに存在している。
テレビもそうなっていくのかな。
とりあえず絶対王者、絶対的媒体ではなくなっていくということか。
テレビはスポンサーの広告収入で運営してるわけでしょう。
株とかもあんのかもしれないですけど。
こうしてネット媒体が盛り上がり、ネット媒体にしか企業が広告を出さなくなったら、テレビって文化はどうしていくのか。
やはり、課金制度になったりするのかな。
ライブとか、CD、音楽も届けかたが随分変わってきています。
世界の仕組みってすごいなぁ。
どうなっていくのが、作り手にも受け手にもウィンウィンなんだろう。
2019年11月14日木曜日
2019年11月13日水曜日
自己肯定感
僕の曲で
「バリア」という曲があります。
知る人ぞ知る曲ですけども(笑)
他人を否定することでしか
自分を肯定できない
そんな素敵なバリアを
僕は手に入れたのだ
人の悪口を言って自分の正しさを確認するときがある。
それは決まって怒りを伴っていたりする。
そうして手に入れた自己肯定感は、すぐに流れていってしまう。
絶対的に自分を肯定してあげたい。
人はそれを、愛と呼ぶのかもしれない。
2019年11月12日火曜日
損か得か
逃げないで、
ボロボロになってしまうのも嫌だし
逃げて、
癖がついてしまうのも怖いね。
何か試練があるとしたら、どう立ち向かおう。
どれが僕を一番成長させるのだろう。
そんなことを考えてしまうね。
これは損得だろうか。
ボロボロになってしまうのも嫌だし
逃げて、
癖がついてしまうのも怖いね。
何か試練があるとしたら、どう立ち向かおう。
どれが僕を一番成長させるのだろう。
そんなことを考えてしまうね。
これは損得だろうか。
2019年11月11日月曜日
柔らかい表情
昨日と今日でおじいさんのお見舞いに行きました。
長生きしてくれるといいよなぁと思いながら。
とてもとても可愛いのです。
特に何の中身もない話をしてね。
お見舞いに行った場所は、デイサービスだったんですが、色んなおじいさんおばあさんがいて。
僕たちと同じようにお見舞いに来ているご家族が何組かいました。
その方たちの顔を見ると、例外なくおじいさんおばあさんに対して愛のある柔らかい表情をしているんです。
失礼な話、愛がなければ見舞いに行かないだろうし。
この前テレビでアッキーナが、閉園間際のディズニーランドの帰っていく人たちの表情を見るのが楽しいって言ってた。
「今日は幸せだった」とでも言うような人たちの表情が愛しいらしい。
そんな感じだった。
僕たちもそんな風に見えていたのかね。
長生きしてくれるといいよなぁと思いながら。
とてもとても可愛いのです。
特に何の中身もない話をしてね。
お見舞いに行った場所は、デイサービスだったんですが、色んなおじいさんおばあさんがいて。
僕たちと同じようにお見舞いに来ているご家族が何組かいました。
その方たちの顔を見ると、例外なくおじいさんおばあさんに対して愛のある柔らかい表情をしているんです。
失礼な話、愛がなければ見舞いに行かないだろうし。
この前テレビでアッキーナが、閉園間際のディズニーランドの帰っていく人たちの表情を見るのが楽しいって言ってた。
「今日は幸せだった」とでも言うような人たちの表情が愛しいらしい。
そんな感じだった。
僕たちもそんな風に見えていたのかね。
2019年11月10日日曜日
2019年11月9日土曜日
期待するということ
今日は仕事のできない人間にイライラしていました。
何でこんなこともできないのかと。
逆に、いつも仕事をしない人間がいつも以上に仕事をして、ちょっと救われたりもした。
人に期待するからガッカリする。
期待しなければイラつくこともない。
期待しなければ、感謝も生まれる。
やって当たり前と思っていないから。
予想外の喜びがあるから。
人が自分の思い通りに動くわけがない、という事実。
それをもっと知っておきたいなぁと今日は思いました。
人間は科学を手に入れてから、何でも思い通りになると思いがちになったという話がある。
所詮、ただの動物なんだもの。
何様だよなぁ。自分。
イライラはまだしてしまうけどねぇ。
何でこんなこともできないのかと。
逆に、いつも仕事をしない人間がいつも以上に仕事をして、ちょっと救われたりもした。
人に期待するからガッカリする。
期待しなければイラつくこともない。
期待しなければ、感謝も生まれる。
やって当たり前と思っていないから。
予想外の喜びがあるから。
人が自分の思い通りに動くわけがない、という事実。
それをもっと知っておきたいなぁと今日は思いました。
人間は科学を手に入れてから、何でも思い通りになると思いがちになったという話がある。
所詮、ただの動物なんだもの。
何様だよなぁ。自分。
イライラはまだしてしまうけどねぇ。
2019年11月8日金曜日
Back To The YUZU
昨日みんなの好きなものというブログでしたが、今日は昔好きだったゆずについて。
一昨日の路上ライブでゆずの曲をしこたま歌った僕です。
やはり路上ライブと言えば、ゆずです。少なくとも僕の世代は。
ゆずの路上時代は僕は高校生。
流行りを避けていた僕は全く興味を示さないで通りすぎていました。
ハマったのは、高校卒業してNHKでゆずの東京ドームショーが放映されていたとき。
ドキュメントとライブ映像の二本立てだったと思う。
それまで、音楽は槇原敬之しか知らず、ライブ何てものには全く触れたことのなかった僕はその感動に鷲掴みされました。
その後、大学時代に引きこもりになった時には
ゆず
ブルーハーツ
槇原敬之
の3アーティストに救われていきます。
充てられそうになった役の関係でギターを覚えて、とにかくゆずの曲を練習していたなぁ。
路上時代のゆずを好きな人が、ファンをやめていく中、僕は応援し続けていました。
ただ、ゆずがどんどんビッグアーティストになっていき、
「弱者の音楽」から「成功者のお言葉」に変化していったような感覚を覚えた瞬間があった。
栄光の架橋くらいからかなぁ。
TOWAというアルバムくらいから、アルバムを買うのはやめてしまいました。
その時にはもうシャイニーズをやって、沢山の音楽に触れたことも影響しているでしょう。
堀越君にも伝えたのですが、もう「ゆず離れ」している僕がゆずを歌うことに対して抵抗もあったのです。
ただ、一昨日路上での実力の無さを痛感したことでまた改めてゆずを観てみようと、思い出の東京ドームショーのDVDを観てみました。
本当は路上に今日も出てみたかったのだけど、少し疲れてね(笑)
いやぁ、やはり僕のギターヒーローでありました。
当時ゆずは25歳くらいで、唄とかも甘いところもあると思うんですけど。
お芝居に挫折して、何か救いを求めてギターを弾いていたときの師匠は、年下になってもまだ僕の師匠でした。
しばらく聴いていなかったオリジナルアルバムも聴いてみよう。
青春にはいつでも戻れるのだなぁ。
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