AIの発達で、人間が仕事を奪われるのではないかとか、色々言われます。
ちょっとその事に思いを馳せてみる。
例えば、銃が出てきた時。
それまでは腕力だったり、剣の素材で勝負していたところに、それでは勝てない圧倒的な力が出てきた。
それまでの力自慢さん達は、自信を喪失しただろう。
エンジンが発明されて、自動車やバイクが出てきた時。
それまではウサイン・ボルトのような脚力自慢がアイデンティティを持っていたのに、人間では勝てない速度を出すようになった。しかも疲れない。
それまでの脚力自慢さん達は、自信を喪失しただろう。
ワープロが出てきた。
それまでの活版印刷と呼ばれる印刷では、ハンコのような活字を拾って印刷物を作っていた。
文選や、植字という仕事があった訳だよ。何千ものハンコを選んで、間違いのないように並べなければいけなかったからね。
高度な技術と知識が必要な仕事だったが、ワープロの登場により絶滅してしまった。
逆に今はそのワープロすら、死語だ。
DTPが出てきたから。
そうやって革新的な技術や道具が出てきて、人間の生活が変化してしまうのは確かだろう。
それによって無くなってしまう仕事なんかもある。
しかし、銃があっても人は鍛えるのを止めない。
車やバイクに勝てなくても、オリンピックで走ったり投げたりするのを極めたりしているし。
デジタルで絵や文字が書ける(描ける)ようになったとて、人は手書きの温かさを知っている。全ての文字や絵が、デジタル制作の物になることはなかった。
だからAIが、音楽や、絵画や、小説文章、メンタルカウンセリングや電話番をしてくれたところでね。
多分、無くならないものはあるんだろうなって思うんだよね。
新しいものが出てきたら、合わせて、新しく生きていくんだ。
P.S
そう思いながら、昼に息子と河川敷に遊びに行って。
小さな虫とかを沢山見た。
地球はそんなこと考えないで、ただ命が生きているなぁ、と。
AIとか、仕事とか、考えてるの人間だけなんだなって思ってね。
人間界だけの悩みに囚われるの、もったいないねぇ。
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