2026年1月10日土曜日

いじめ【Facebook共有】

Facebookで見かけて、最後まで読んでしまった記事。

元の記事、執筆者の方が流れてしまって特定できないのですが、共有させてください。

なんと、すごい内省的な心だろうか。




高校生がいじめにあい、

トイレで暴行される動画が拡散されている。

 

あれを見て、

ああ、俺も同じ目にあったなぁ、と思った。

殴られる側ね。

 

当時の僕は、

言い返す度胸なんてなくて、

ただただヘラヘラ笑うしかなかった。

 

そしてそのヘラヘラ笑う姿が、

相手を余計にイラつかせ、

「こいつを殴っても問題ないよな」

と、相手に正当化を与えてしまう。

 

結果、さらに暴力を受ける。

 

人はね、

極度の恐怖にさらされると、

ヘラヘラ笑ってしまうことがある。

 

これは

「敵じゃないよ」

「味方だよ」

と伝えようとする、本能の防御反応らしい。

 

いじめに限らず、

謝罪の場でヘラヘラ笑ってしまう人がいるのも、

実は同じ反応だ。

 

不謹慎だ、とさらに怒りを買ってしまうけど、

本人は極度の緊張状態で、

ただ本能が反応しているだけ。

 

こういうことが、

もっと世間に知られてほしいな、と思う。

実は僕自身、これを知ったのも数年前だ。

 

話を戻すね。

 

あの動画を見た瞬間、

フラッシュバックみたいに記憶が蘇った。

 

怒りと、

悲しみと、

どうしようもない感情が、

一気に湧いてきた。

 

当時、僕を殴ってきた相手にも。

今回、殴った高校生にも。

 

でもね。

一番強かった怒りは、

相手に対してじゃなかった。

 

当時、

思ったように振る舞えなかった

自分自身に対する怒りだった。

 

やめてくれ、と言えなかった。

助けを求められなかった。

納得できる行動ができなかった。

 

その勇気がなかった自分への

失望と悲しみが、

怒りの形で残っていたんだと思う。

 

今から10年くらい前、

こんなワークをやった。

 

当時の自分に向かって、

「この弱虫め!」

「思ったように動けないチキンだ!」

と、思いきり罵倒してみた。

 

何度も何度もやっていると、

「そんなことない!」

「俺だってな!」

と、内側から力が湧いてくる。

 

このやり方は、

当時、カウンセラーで心屋仁之助さんと名乗っていた

佐伯Jin仁志さんに教わったもの。

 

これが、めちゃくちゃ効果があった。

 

その後、昔僕を殴ってきた同級生に

再会する機会があった。

 

恩師のパーティーだったから、

場を壊すわけにはいかない。

 

それでも、

「お前、よくも俺を殴ってきたな!」

と、感情をぶつけた。

 

周りの同級生が慌てて、

「おい本田、やめろ」

「今のお前には守るものがあるだろ」

となだめてくる。

 

でも僕は言った。

 

「違うんだ!

俺はコイツに怒ってるんじゃない!

当時の弱すぎた俺に怒ってるんだ!!」

 

「本田落ち着け!何言ってるか意味わかんねーよ!」

 

まあ、

意味わからんよなw

 

その相手は、

「殴ったこと、覚えていない」

と言った。

 

そして

「あの頃の自分は、どうかしてた」

とも言った。

 

僕は、

自分の中のエネルギーを出し切って、

なんだかどうでもよくなった。

 

目を合わせるだけで震えていた相手に、

ちゃんと自分の言葉をぶつけられたんだ。

 

ああ、

俺、もう弱い自分とバイバイできたんだな。

そんな感覚があった。

 

そして先生、

パーティーで揉め事起こしてごめんなさい。

その後も、一緒に飲んでくださったり、

本当に僕にとって一生の恩師です。 

 

でも、あの出来事は、

僕の人生にとって

とても大切なプロセスだった。

 

あとから同級生の何人かが、

「そんな目にあってたのか?

なんであの時言ってくれなかったんだ。

守ったのに。」

と、少女漫画の王子様みたいなことを言ってきた。

  

ああ、

助けてって言えなかったんだよな。

当時の俺は、それが精一杯だったんだよな。

 

そうやって、

当時の自分をねぎらった。

 

そして後日、

一緒にいた友人が言った。

 

「お前を殴ってたあいつ、

お前から逃げ回ってたよな」

 

え?

俺から?

 

当時は興奮して気づかなかったけど、

そうだったらしい。

 

ずっと恐れていた相手は、

高校生になって少しイキってただけの、

いわゆる高校デビューの奴だった。

 

それでね、

思ったんだ。

 

いじめられた側のケアは、

もちろん必要。

 

でも、

いじめた側のケアも、

同じくらい必要なんじゃないかって。

 

「あの頃の自分はどうかしてた」

 

あの言葉が、

今でも頭に残っている。

 

普通に安心して生きてる高校生が、

他人を殴るだろうか。

 

そんなはずない。

 

きっと、

誰かを殴らないと

自分を保てない闇を抱えていた。

 

人は、

安心安全な場所がないと、

誰かを攻撃して安心しようとする。

 

マウントを取る人も、

根っこは同じだ。

 

正直、

手放しで許せるほど

僕はまだ大人じゃない。

 

でも、

誰かを殴らないと自分を保てない

16歳くらいの少年を想像すると、

それはそれで、やっぱり苦しい。

 

家庭や環境に、

本人では抱えきれない闇が

あったのかもしれない。

 

あの動画を見た瞬間、

「許せねぇ」

「拡散してやりてぇ」

そんな気持ちが湧いたのも事実だ。

 

でも、

待て待て、とも思った。

 

16歳くらいの男の子が抱える闇を、

少しでも受け止められる社会を、

作れないだろうか。

 

あれは、

一つのSOSだと思う。

 

暴力は連鎖する。

彼もまた、

暴力の連鎖の途中にいるのかもしれない。

 

 

暴力は、

どんな理由があっても

許されない。

 

だから僕は、

人がまず安心に戻れる場所を

作りたいと思ってるのさ。

 

そして戻れる方法、

戻せる人を

たくさん増やしていきたいと

思っているのさ。

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